385.【小説】金胎記 −矢萩三代記−〈声なき神を抱いて〉其六(矢萩編)
【第5章:信吉との断絶――家系を超えた“愛と拒絶”】
──昭和三十三年、初春。
弥生は、静かに息を引き取った。
死因は、急性の心不全と記されたが、実際は長く続いた精神の不調による衰弱死だった。 かつて“神の声”を語っていた頃の面影はすでに薄れ、終末期はほとんど言葉も発しなかった。
本殿奥、御座所でひっそりと行われた葬儀には、教団の幹部と近親者のみが参列した。 弥生の死は、表向きには「神に召された御子」として語られたが、その実、誰もがその最期に目を背けたがっていた。
それは、神の“母”の死ではなく、矢萩の幻影と共に崩れた、ひとりの女の終わりだった。
……そして、残された者たちは、それぞれの“祈り”を失っていった。
葬儀の翌日、真央はひとり、御殿裏の納戸にいた。
古びた桐箱がひとつ、埃を被って置かれていた。かつて弥生が鍵をかけ、大切にしていた箱だった。 その中には、褪せた便箋と手紙が数通、無造作に仕舞われていた。
真央は、それを静かに読みはじめた。 筆跡は震え、ところどころに滲みがある。
文面には、かつて誰にも言えなかった“真実”が綴られていた。
「……あの子が何者なのか、誰にも、口にできませんでした。
祈るように願っていました。あの方の子であってほしいと。 でも、それは罪でした。女としての、愚かしい願いです。
信吉さんには……どんな言葉を尽くしても、償えません。 ただ、日々の祈りだけが、わたしに残された赦しでした」
その夜、真央は誰とも口を利かなかった。
翌朝、本殿での奉納式を拒み、神の子としての所作をすべて放棄した。 壇上で目を閉じることも、祝詞を唱えることもなくなった。
信者たちは「御子の沈黙は、神の深奥」と讃えたが、信吉には分かっていた。
“あいつはもう、何も信じておらん。”
それでも、父として信吉はただ、黙って傍にいた。
真央が十三になる年の、初夏だった。
真央が急に湯を持ってきたその夜、信吉は珍しく熱で伏せていた。
真央はふと布団の傍らで呟いた。
「……僕は、あなたの子じゃない」
信吉はその言葉に、顔を向けなかった。 ただ、わずかに笑った。
「分かっとる。けど、お前の父であろうとは、してきたつもりや」
それ以降、ふたりが言葉を交わすことは、ほとんどなかった。
弥生の手紙は、燃やされなかった。
真央は、それを一枚だけ懐に仕舞ったまま、誰にも見せようとしなかった。
その手紙の存在を、信吉は知らない。 だが、弥生の目がどこを向いていたか、それくらいはとうに分かっていた。
“わしはただの、代理の影や。神でもなければ、血でもない”
それでも信吉は、ある夜、納戸の奥に小さな祠を作った。 あの納戸には、かつて弥生が香を焚いていたと聞いたことがあった。
その祠には、御神体も、位牌も、何も置かれなかった。
ただ、弥生が好んだ香を一本だけ、毎夜焚いた。
それは祈りではなく、贖罪でもない。
ただ、夫として、父として、誰にも届かぬ火を灯しているだけだった。
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