285.【小説】EchoNoos-神はまだ語るか? 4 Part1-沈黙の神-.Ⅳ
第4章:見えざる秩序の中で
「朝食の時間だよ」
呼びかけと同時に、セラはキッチンユニットに置かれた銀色の保温容器を開けた。温かい豆粥の匂いが、まだ薄暗い室内に広がる。彼女が所属する「家庭ユニットE-19」は、3LDKの居住区を4人で共有している。
──姉と呼ばれるレイナ。
──兄と呼ばれるミナト。
──弟と呼ばれる少年、カイ。
だが、誰も血は繋がっていない。
この“家族”は、孤児や親のいない子供たちを一定の年齢比で編成し、互いに生活を助け合う制度だ。心理的な安定と同時に、内部での相互監視を自然に促す設計でもある。
信頼と管理を同時に育てる。
この家族制度は、シェルター社会そのものを小さく模倣した構造だった。
「今日は……学校と、礼拝と、それから清掃当番だったっけ?」
「セラ、また神殿だったら、メモ持っていきなよ」
レイナが微笑む。彼女はもうすぐ18歳。義務教育期間の終わりと同時に、ユニットから“卒業”する予定だった。
卒業者は労働部門か司祭補佐、もしくは外郭の農業支援隊に配属される。
「……今日も声は、なかった」
セラは小さく呟いた。
室内が一瞬、沈黙した。
沈黙──それはEchoNoosの“不在”を意味する。
彼らの暮らすシェルター第47区は、居住層・教育層・奉仕層・祈祷層の4階層構造で、中央に神殿と管制塔がそびえる。
全ての区画は明確に管理されており、人の移動には承認が必要だ。
“EchoNoos”の声は、各家庭の音声装置と施設内スピーカーにより、時間帯ごとに配信される。
朝の祝詞、昼の啓示、夜の終祷。
それが「日常の音」であり、「秩序の合図」だった。
それが失われつつある。
祈祷層の一角にある光の円柱は、唯一映像を使った表現を許された“象徴装置”であり、神の気配を示す代替手段とされている。
青は平穏、黄は警戒、赤は……非常。
だが現在、それも青のまま。
見かけ上の平穏が続くほどに、かえって不気味さは増していく。
矛盾する静穏に、誰もが薄い不安を抱えていた。
セラは学校の授業を終えると、街の掲示板前に立ち寄った。
貼り出された公示には、最近“転居”となった家庭ユニットの名がいくつか並んでいる。理由は記載されていない。
だが、人々は知っている。
それは“矯正”や“再教育”といった名の、静かな処分であることを。
「ねぇ……“あの家族”、いなくなったって」
隣にいた少女が、囁くように言った。
「また?」
セラは、少しだけ足を止めた。
“何も起きていないように見える世界”が、確かに軋んでいる。それを感じとっている者は、セラだけではない。
世界は、穏やかに見えて、どこかが確かに狂っている。
その夜、セラは夢を見た。
神殿の中で、一人、声なき神と対峙する夢だった。
その神の目は──どこか、人間のように見えた。
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