379.【小説】金胎記 −矢萩三代記−〈声なき神を抱いて〉其四(矢萩編)
【第3章 沈黙の産声 − 神を生む器として】
その日、村の空は鐘の音に満ちていた。
真央の誕生は、“神の子の降誕”として語られ、信者たちは涙を流して喜び合った。
幾百の手が空へと伸び、「おおこがね様の祝福だ」と、口々に叫ぶ声がこだました。
──だが、その中心にいた女は、静かだった。
産褥の床に伏す弥生は、胸の上にそっと置かれた赤子を見つめていた。
小さな瞼。閉じた口。わずかに動く吐息。
生まれたはずなのに、彼女には「この子が自分から生まれた」という実感がなかった。
“誰の子か”などという問いは、とうの昔に沈めていた。
それは問いではなく、最初から答えのない諦念だった。
「おめでとうございます、弥生様……」
若い女信者が涙をこぼし、深く頭を下げる。
背後には、御神体に金を供える信徒たちの影が揺れていた。
「神の声が、この子を選ばれたのですね……」
弥生は微笑んだ。
口角を持ち上げる、そのわずかな筋肉の動きだけが、自分を“人間”に繋ぎ止めているように思えた。
(選ばれたのではない。選ばせたのだ。あの人が──)
“お前の使命は、声を受け取ること。
そして、つなぐことだ。”
幼い頃から、繰り返し与えられた言葉。
矢萩栄一郎の低く重たい声が、今でも耳の奥に残っていた。
仕立てられた。
「器」として。「教祖」として。そして──「神の子を宿す者」として。
ふと、赤子がうっすらと目を開けた。
その瞳は、あまりに無垢で、何も知らなかった。
弥生は、胸の奥がきしむような痛みとともに、それを見つめ返した。
「……あなたを、愛せますように」
その瞬間、外で太鼓の音が打ち鳴らされる。
歓声がさらに高まり、母屋の天井すら震えるようだった。
弥生の内側だけが、深い静寂に沈んでいた。
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