204.【創作秘話】カタリナ坂で会いましょう
「カタリナ坂で会いましょう」が生まれるまで
——記憶、構造、そして風景としての物語
神戸北野の坂道を歩いた春の日。
私の中に、まだ会ったことのない“誰かたち”が芽吹き始めた。
『カタリナ坂で会いましょう』は、そうした記憶と、これからの物語が重なり合って生まれた。
きっかけは、【創作大賞2025】に提出したエッセイ『神戸北野、記憶と時を繋ぐ風景』に遡る。
私自身が学生時代を過ごしたあの町には、数え切れないほどの“始まり”があった。
坂、花、音楽、カフェ、パーティ。
どれもが華やかでありながら、どこか寂しさをまとっていた。
そんな神戸北野の記憶と、東京での社会人生活を思い出に、架空の街の群像劇として描いてみたいと思った。
どうせ描くなら、「曜日」をテーマにしよう。
日曜から土曜まで、1週間を1話ずつ重ねていく形式は、読者にも入りやすく、作者(自分)にとっても構成の軸になった。
ただ、それは決して“曜日ネタ”では終わらなかった。
物語を書き出すと、想像以上に「音楽」が入り込み、「花」が色を加え、「香り」や「記憶」までもが登場人物たちの背景として動き始めた。
最初に用意していたキャラクターは、いつしか別の表情を見せ始める。また、当初のキャラクターも随分と変遷した。
ストーリーがキャラクターを動かすのではなく、途中からは、キャラクターが物語を運び出した。
そして気がつけば、1週間のはずだった物語は、“1年の時間”を内包し始めていた。
春に始まり、夏へ向かい、秋を越えて、冬を抜け、また春へ還る——
そう、これは表(A面)と裏(B面)、そして統合編(リフレイン)という、"三部作"としての姿を持ち始めた。
その発想は、途中から降ってきたわけではない。
物語を書き進める中で、自然に「裏側」を欲する登場人物たちの声が聞こえ始めた。
光には必ず影があるように、あの坂にも“明るい側面”だけではない空気が流れていた。
最初に描いていたのは、たしかに青春の残像だった。
けれど、それは懐古ではなく、現在の自分を補完するように、もう一つの坂——裏カタリナ坂の構想へと繋がっていった。
作者である私の中から、"キャラクターと世界が動き出した瞬間"だった。
『カタリナ坂で会いましょう』という物語は、静かに、しかし確かに、“誰かの記憶”として続いていく。
そして私は、これからもこの坂を、別の季節の風の中で歩き続けていくことになるだろう。
この坂には、終わりがない。
でも、始まりなら、いつだってある。
——ようこそ、カタリナ坂へ。
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