274.【小説】誰のせいでもない 8-ある刑事の記録-何故、佐久間修は死んだのか。
第七章 現代アーティスト·有森詩織
【話題の絵画展、『有森詩織-Morimori's Neo World-』へのSNS反響】
「意味はわからないけど、すごいらしい。」
「前の子供の絵のほうがよかった。」
「政治と絵を結びつけるの、正直ダサい。」
「でもバズってるし、今が旬ってやつ。」
「どうせまた助成金アートでしょ。」
鎌倉駅から少し離れた、古民家を改装した小さなアトリエ。
海風が通り抜ける細道の先に、そのアトリエはあった。軒先に置かれたサインボードには小さく「A.Morimori」とだけ書かれている。
葛木は、その名前にかすかにため息を漏らした。
かつて、児童絵画の世界で名を馳せた画家・南波さや。
今や彼女は、本名・有森詩織として社会派アーティストを名乗り、異なる評価の渦中にいる。
「どうも。……刑事さん、でしたっけ?」
彼女は、かつての面影を残しつつも、どこか意図的に“演出された芸術家”の雰囲気を漂わせていた。
髪をかきあげながら、有森は無造作に並んだキャンバスの間をすり抜けていく。
「葉山の子ども支援施設で、あなたの作品を拝見しました。あのときの作品と、今の作風は……ずいぶん違うんですね」
「変わったんじゃないわ。見せる相手が変わったのよ」
その言葉に、葛木は眉をひそめる。
彼女は続けた。
「元々はね、自分が子供の頃、描くことで随分と救われたの。だから、児童画を描き始めた。
支援も受けて、佐久間さんにも感謝してた。……でも、それだけじゃ私自身が描けなくなっていったのよ。」
絵筆を握り直すような仕草で、彼女は視線を外に向ける。
「賞をもらったあたりからだけど。
自分の声を絵に込めたいって思うようになったの。社会の矛盾や怒り。
だけどそれって、佐久間さんにとっては“子どもに見せるべきじゃない”ものだったみたい。」
「あなたは、それでも続けた。」
「だって──これは、私の自由の問題でしょ?
理想なんて、人に押しつけられて描くもんじゃない。彼の理想に従うだけじゃ、私はずっと“道具”のままだった。」
そこには、感謝と反発、憧れと否定、すべてが綯い交ぜになった色があった。
「裏切ったかもしれないって思う。
でも、私は生きてる。絵で食べていけるようにもなった。
……それが、間違ってたとは思わないわ。」
有森の言葉に、葛木は返さなかった。
ただ、静かにそのアトリエを後にした。
アトリエの外に出ると、海からの風が髪を揺らした。
葛木はふと、絵の中で笑っていた佐久間の顔を思い出す。
──あの笑顔は、理想を託す者のそれだったのか。それとも、ただの独りよがりだったのか。
誰かの未来を信じるということは、期待と裏切りの両方を抱きしめることなのかもしれない。
【アーティスト·有森詩織に対するSNS反響】
「あの人、昔の方が良かったよね。」
「どこかで聞いた思想を絵にしただけ。」
「でも、名前は売れたし、稼いでるんだろ。」
「鎌倉に住んでるのも、それっぽい雰囲気作りなんだろうな。」
「結局、売れたもん勝ち。」
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