見出し画像

276.【小説】誰のせいでもない 9-ある刑事の記録-何故、佐久間修は死んだのか。

第8章:償いの構図

──《高校生と父親、交通事故で死亡──調布市で親子が犠牲に》

かすれた新聞の見出しが、葛木の記憶を掘り起こすように目の前に浮かんでいた。

20年以上前の地方紙の切り抜き。

記されていたのは、亡くなった父親・佐久間信二と、当時高校二年生だった長男・大地の名前。そして、事故の時間帯と車種、トラックの過失による正面衝突──それだけだった。

佐久間修はそのとき中学一年生だった。事故当日、体調を崩していた彼の代わりに、兄と父が買い物へ出かけたのだ。

「たまには僕が行ってくるよ。修、ゆっくり寝てな。」

兄の大地は、そう言って笑った。
母はそれに甘え、「じゃあ、お願い」と送り出した。

それが最後になった。

──もし自分が行っていれば、代わっていたのは自分だった。

そんな思いが、佐久間の中でいつまでも消えなかった。


事故の後、母親は深いショックに沈んだ。喪服のまま台所に立ち尽くす彼女の背中が、何時間も動かない日があった。

「……修がいてくれてよかった」

その一言は、慰めではなく、呪いのように聞こえた。

佐久間の中に生まれたのは、生存への罪悪感と、残された者としての責任だった。

彼は猛勉強の末、一橋大学·経済学部に進学した。

大学では国家公務員を志し、上級職試験を一発合格。内閣府に配属され、将来を嘱望された。

「もう誰にも、同じ思いをさせたくない」

その一念で、彼は法制度の整備、安全対策の政策に携わった。

だが、次第に気づいた。

自分の書いた法案が、現場では誰にも読まれていないこと。 被害者の声が、予算の枠組みに埋もれていくこと。

理想と現実の乖離に、彼は絶望した。

そして佐久間は、退官した。

「現場に戻る。人に触れるところに行く」

そこから始まったのが、彼の第二の人生だった──教育、福祉、子どもたちへの支援。そして、やがて支援対象の一人であった画家・南波さやとの出会いへとつながっていく。

葛木は記事のコピーを封筒に戻しながら、静かに目を閉じた。

──彼は何を背負って、生きてきたのか。 その問いは、今も答えを待っていた。


背負ったのは喪失だった。
奪われたのは未来だった。

それでも佐久間は、生きることを選び、他者に未来を託した。
理想家ではなく、贖罪者として。

それが彼の人生だったのかもしれない。


《まとめサイトコメント》

「え、佐久間って官僚だったの?」

「一橋→内閣府→退官して福祉って、なんかドラマのキャラかよ。」

「…けど、最後まで名前売れなかったんだよな。そこが逆に本物なのかも。」


いいなと思ったら応援しよう!

Spica∣言葉を編む ありがとうございます。 お気持ちが、大変励みになります。その、お気持ちに応えれる様な記事を引き続き作っていきたいと思います。 本当に、ありがとうございます。