213.【小説】金胎記 其七-おおこがね様を巡る三代記-(神代編)
【第7章:鏡のない神殿】
——昭和三十三年、神深村・本山
御神体の前で、弥生が語っていた。
「おおこがね様は……は……わたくしに……こう……と...…仰いました——」
僅かに、声がつまずいた。
間が合わなかった。
語調が歪んだ。
そのわずかな“乱れ”に、信吉は即座に気づいた。
彼女の語りは、明らかにおかしかった。
まるで、何かをなぞろうとするように、語尾が父・矢萩の口調に似ていた。
だが、それは“似せた”のではなく、“崩れた模倣”にすぎなかった。
それでも、信者たちは手を合わせ、拍手を送った。
「教祖さまの語りが震えておられる……神が、さらに強く語られておるのだ」
「あぁ、ありがたい、ありがたい」
誰かがそう囁いたのを、信吉は聞いた。
担がれた神輿は、既に中身を失っていた。
それでも、誰も降りようとはしなかった。
真央は十四歳になっていた。
学校を休みがちになり、式典では与えられた所作を拒み、目を閉じずに壇上に立つこともあった。
教団幹部は「神の御子は、人間の形式には縛られない」と言い、 信者はむしろ「御心の揺らぎ」「試練」と受け取った。
だが、信吉はその姿を見ていた。
ただの少年だった。
弥生の語りは、ますます冗長になっていった。
語りの中で同じ文言を三度繰り返す日もあり、間は読経のように均され、声は徐々に上ずっていった。
ある日、真央が壇上を降りる際、弥生に顔を向けて言った。
「……僕は、神じゃない」
その一言に、弥生は応じなかった。
応じられなかった。
ただ、俯いて立ち尽くし、その場に膝をついた。
その晩、信吉は真央の部屋の前で立ち止まった。
「……話してええか」
返事はなかった。
「……お前の父親になりそこねたんかもしれん」
扉の向こうは静かだった。
弥生の部屋の前にも、信吉は立ち止まった。
「弥生……おまえは、よう語った。
……よう語ってきた」
返事はない。
「わしは……語らなんだ。ずっと」
それは懺悔でもなく、告白でもなかった。
ただの、遅すぎた独り言だった。
いいなと思ったら応援しよう!
ありがとうございます。
お気持ちが、大変励みになります。その、お気持ちに応えれる様な記事を引き続き作っていきたいと思います。
本当に、ありがとうございます。