266.【小説】誰のせいでもない 2-ある刑事の記録-何故、佐久間修は死んだのか。
第一章 讃えられた男
佐久間修の死は、社会にとって一種の“事件”だった。
だが、警察にとってはそうではなかった。
現場は完全な密室。
自殺を示す状況証拠は揃いすぎていた。
司法解剖の結果も異状なし。
事件性はゼロ。
書類上の処理は、あっさりと完了した。
にもかかわらず、テレビや新聞では連日、彼の死が特集されていた。
まるで“国葬”でも行われたかのように──。
「佐久間修氏は、その生涯を通じて数々の地域経済の再建を支援し、晩年は慈善活動に力を注いだ人物でした」
テレビから流れるアナウンサーの声は、抑揚を抑えた美辞麗句に満ちていた。
葛木圭吾は、その画面を見つめながら、手帳にペンを走らせていた。
画面の中では、佐久間が設立した財団が紹介されていた。震災で被災した地方の学校に寄付を行い、文化事業を支援し、若手アーティストの活動を後押しする。インタビューに応じた複数の関係者は、揃ってこう語った。
「本当に、優しい方でした」
「利他の精神を体現するような人物だった」
「理想の経営者であり、理想の父親であり、理想の人間でした」
どこを切っても、綺麗すぎた。
“完璧な言葉”ばかりが並ぶほど、何かが見えなくなる気がした。
葛木は葬儀にも出席していた。警察関係者としてではない。個人的な判断だった。
会場には政財界の顔ぶれが揃い、弔辞では彼の功績が繰り返された。誰もが、口を揃えて彼を讃えた。
そして誰もが正装で、悲しみの仮面を崩さずにいた。涙はなく、沈黙だけが重く流れていた。
──なのに、どうして?
──佐久間修は、自殺したのか?
葛木の胸に、答えの出ない問いだけが残った。
「……誰か、“あの人のことを本当に知ってた”奴はいないのか」
思わず漏れたその声に、誰も気づかない。だが、その瞬間が、この記録の始まりだった。
葛木は動き出す。
彼の死に、事件性はない。
だが、何かがおかしい。
だからまず、最も近くにいたはずの人間に話を聞くことにした。
SNSでは《#佐久間修を偲んで》《#理想の経営者》といったタグが数万件単位で拡散、かつて接点のあった者、なかった者までが思い出や言葉を綴っていた。
いいなと思ったら応援しよう!
ありがとうございます。
お気持ちが、大変励みになります。その、お気持ちに応えれる様な記事を引き続き作っていきたいと思います。
本当に、ありがとうございます。