見出し画像

175.【小説】カタリナ坂で会いましょう-A面|第二話「ブルー・マンデー」

第二話 「ブルー・マンデー」


雨が降り出したのは、午後の2時すぎだった。それまで薄曇りだった空が、突然色を変えた。

喫茶店のガラス窓を叩く雨粒が、まるでリズムを刻むように響いている。通りには、色とりどりの傘が咲き始めた。赤、青、黄色、そして無色透明のビニール傘。

彼は手帳を閉じて、冷めかけたコーヒーに口をつけた。

「Rainy Days and Mondays」。

スピーカーから流れ出すのは、ポール・ウィリアムスのくぐもった声。雨音に混ざって、静かに耳に入り込んでくる。

「Rainy days and Mondays always get me down…」

彼の胸に、遠い日曜日の午後が蘇る。

店の扉が開いた。

「すみません、急な雨で……少し濡れてて。急いで飛び込んじゃいました。」

彼女は髪の先からしずくを落としながら、少し困ったように笑う。

彼は顔を上げる。
時間が止まったように感じた。

1ヶ月ほど前、同じような雨の日、駅のホームで彼女にハンカチを借りた。
そのまま、それきりだった人。

カタリナ坂の、ちょうどこの喫茶店で、まさか彼女に偶然に再会するなんて。

彼女は彼の存在に気づかず、店の奥の席に通される。

彼は迷った末に、立ち上がり、レジに向かう途中で、彼女の席の前で立ち止まった。

「……あの、覚えてますか?」

彼女は一瞬、驚いたように目を見開いた。

「……えっ?」

彼は鞄から、透明なビニール袋に入れられた、小さなタオルハンカチを取り出す。

「あの、これ借りたままだったから。どこかで偶然また会える気がして、ずっと持ってたんだ。」

彼女はその手の中を見つめ、そして、ふっと目を細めた。
彼女は、少し首をかしげてから──

「……ありがとう。まさか覚えててくれたなんて。」


そして、彼は持っていた手帳を鞄にしまい、カップを空にして立ち上がる。

「ちょうど雨も止んできたし、僕はもう、行かないと──今日は、坂の下に行かないといけないしね。」

「……そうなんですね。」

彼は一度、言葉を探すように目を伏せてから、視線を外した。

「また──どこかで。」

彼女はわずかに驚いたように瞬きをし、けれどすぐ、柔らかな笑みを浮かべた。

「──きっと、またカタリナ坂のどこかでお会いするかもしれませんね。」

扉のベルが鳴る。

午後の光に、彼の足音が静かに溶けていった。

「Funny, but it seems I always wind up here with you. Nice to know somebody loves me."」

背中では、かすれた声で歌う、ポール・ウィリアムスの『Rainy Days and Mondays』が、また静かに流れていた。


いいなと思ったら応援しよう!

Spica∣言葉を編む ありがとうございます。 お気持ちが、大変励みになります。その、お気持ちに応えれる様な記事を引き続き作っていきたいと思います。 本当に、ありがとうございます。