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315.【小説】潮騒の港 -ひかりの海-12

第八話:風の渡る島で(後編∶鳴門、そして淡路島)― 潮騒の背中 ―

今治から橋を渡り、鳴門を抜けて福良港に着いたのは、午後もだいぶ傾いた頃だった。

観光客の姿がちらほらとある一方で、路地裏の漁港には昔からの生活の匂いが残っていた。

車を降りて、しばらく歩く。

網を干す老人の背中。
干物屋の軒先で猫が伸びをする。

商店の飴玉は、少し色あせていた。
それがかえって懐かしかった。

ここには、撮られることを意識していない時間があった。

慶彦が東京で追っていた“完璧な構図”とは対極にある、歪んでいて、緩やかで、息をしている風景

誰のために写真を撮っていたのか。
誰に何を残したかったのか。

そんな問いが、潮風とともに足元に積もっていく。

日が沈む前に、もう少しだけ西へと車を走らせる。海沿いの道、淡路サンセットラインを北上する。

カーステレオは消したまま。
夏の風だけが、車内を抜けていく。
そして、左手には、夕陽を映した海が広がっていた。

金色の光が波の上に帯のように伸びていて、
それがまるで帰る場所を指し示しているようだった。

海と空の境目は、一つに繋がりそうな曖昧さで、何よりやさしかった。

境界を越えることが、これほど穏やかな時間になるとは思っていなかった。

助手席に置いたカメラは、まだシャッターを切っていない。

でも、それでよかった。

今、目に映っているものは、誰に見せるでもなく、自分のために覚えていたい風景だった。

明石海峡大橋が、遠くに浮かび上がる。その向こうには、また都市の喧騒が待っている。

でも、いまはまだ、潮騒の余韻の中にいたいと思った。

どこかで撮り逃した風景よりも、こうして過ぎていく光の方が、ずっと確かだった。


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