243.【小説】バイバイ、私の未来⑧
【第8章 視えた未来、選んだ現在】
──未来は、見えなくなったわけじゃない。
遥子(ようこ)は机の上に頬杖をつき、静かに窓の外を見つめていた。春の風がカーテンを揺らし、どこか遠くの桜の匂いを運んでくる。
未来は、ずっと視えていた。
けれど、それを直視することが、できなかった。
あの頃、彼女が未来視で見たのは──
自分が独立して成功した後の、父・真一が金に溺れ、家族を崩壊させていく姿だった。
泣きながら金をせびる父。失望して家を出ていく姉。荒んでいく家の中。自分の心だけが、何も感じなくなっていく。
それを避けるために、遥子は“未来視”を閉ざした。
だが、それで訪れたのは、もっとひどい未来だった──
資金繰りに追われ、家族が崖っぷちに追い詰められた末の、全員の無理心中。
どちらを選んでも地獄なら、せめて、“自分が望む未来”を創ってみよう。
未来視が見せるのが“確定”ではなく、“可能性”であるなら──自分の意志で変えてみせる。
遥子は、そう決意した。
芸能事務所の再起は、簡単な道ではなかった。
けれど、アンコの件をきっかけに少しずつ信頼を取り戻し、かつてのタレントや関係者が声をかけてくれた。
姉・真帆も、自分の得意分野であるSNS運用や企画立案を買われ、正式に事務所スタッフとして参画するようになった。
父もまた、目先の金ではなく、「家族の支え」を優先する姿勢へと変わり始めた。
何より、家の空気が、穏やかになった。
朝食のテーブルには笑い声が戻り、週末には近くの公園で弁当を広げるような、そんな日常。
未来は、今、確かに変わっている。
──私は、未来を選びなおした。
──そして、誰かと一緒に、創りなおしている。
【エピローグ バイバイ、私の未来】
春祭りのくじ引き会場。
「また来ちゃったね、あの時と同じ場所に」
姉の真帆が笑いながら言った。
「リベンジしてみる?」
「……いいの?」
「流石に、もうルンバは当たらないわよ」
「お姉ちゃん、何が欲しい?」
「そうね、ゆっくり旅行でも行きたいし、2等の温泉旅行が嬉しいかな?」
遥子(ようこ)はくすりと笑い、くじの箱に手を伸ばす。
引いた札には、『温泉旅行ペアチケット』の文字。
「おおっ、やったじゃん!」
「ホラね」
遥子がそう言って、姉と顔を見合わせて笑う。
「ねえ、遥子……あのとき、本当は全部、わかってたの?」
不意に姉が真剣な顔になる。
「未来、視えてたの?」
遥子は、ほんの少しだけ黙った。
「──うん。視えてた」
「じゃあ、今は?」
「今は……ううん、“視えた”けど、“変えた”」
「変えた?」
「うん。バイバイ、私の未来──って、そういうこと」
もう、視えた未来に怯えない。
いまは、誰かと一緒に選んだ、確かな今を生きている。
その笑顔の先に、確かに続く未来がある。
遥子の頬を、春風が優しく撫でた。
──Fin
あとがき:
この物語は、“未来が視える少女”を描いています。
けれど本当に書きたかったのは、「視えてしまった過去」「選びなおした現在」のことでした。
誰かのせいにするのではなく、誰かと一緒に“自分の未来を創る”。
そんな物語を、私自身が信じたくて、書きました。
読んでくださって、ありがとうございました。
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本当に、ありがとうございます。