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201.【小説】金胎記 其六-おおこがね様を巡る三代記-(神代編)

【第6章:火を継ぐ声】


――昭和三十年、神深村・矢萩邸

夏の終わり、矢萩栄一郎は静かに息を引き取った。

呼吸は整っていた。
苦悶もなかった。

ただ、眠るように目を閉じ、そして戻らなかった。

弥生は涙を流さなかった。

信吉は少しだけ、口を引き結んでいた。

通夜の支度が一段落した頃、弥生は信者たちの対応に追われていた。

真央は奥の部屋で祖父の写真の前に座っている。

信吉は静かに、仏間に足を運んだ。

蝋燭の灯りがわずかに揺れている。

布団の中、既に冷たくなった矢萩の頬を見つめながら、信吉は声をかけた。

「……お義父さん……いや、矢萩さん」

「おおこがね様の声は……ほんとうに、聞こえとったんか」

矢萩は目を閉じたまま、微かに笑ったように見えた。

そして、新吉は——矢萩の次の声が、聞こえた気がした。

「……語らせた者が、神になるんじゃよ……」

それが、最後だった。


矢萩の死後、教団は大きく動き始めた。

生前の彼が遺した文書

——それは“教団運営整備書”とも呼べるような、詳細な計画書だった。

・宗教法人としての法人格申請と登記方法
・納税対象外となる財産区分とその管理方法
・講話会、支部拠点、巡礼マップの整備案
・月次信徒会報の編集方針と頒布ルート

まるで、会社の経営計画書のようだった。

だが、そこに記された語り口は柔らかく、どれも“信徒の心の導き”という名目が添えられていた。

弥生はこれを読み、涙もなく、黙って頷いたという。

信者たちはそれを“矢萩聖典”と呼び、のちに《教父記》として編纂されることとなった。

それは単なる記録にとどまらず、「教団の精神的支柱」として語り継がれていく。

村の者が口々に言った。

「矢萩さまの魂が、いまもわたしたちを導いてくださっている」

真央は十三歳になっていた。

制服に身を包み、信者の集会では語らずとも“その場にいる”だけで拍手を浴びた。

信吉は、彼の姿を遠巻きに見ながら、かつて矢萩が言っていた言葉を思い出していた。

「信仰は形だ。だがその形を操るのは、言葉だよ、信吉君」

言葉のないまま育った真央が、信仰の象徴になっていくのを、 信吉はただ見ているしかなかった。


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