425.(追加駅)ぐるり、左−遠回りの後で−御徒町− 雑踏の中で得られる「今の居場所」−
美術館を出ると、そのまま上野駅へ戻るのではなく、私はよくアメ横を通って御徒町まで歩いた。
展覧会で静かな時間を過ごしたあと、あの雑踏に身を置くと、不思議とバランスがとれた。
魚の氷の匂い、果物を並べる威勢のいい声、安いバッグを叩き売る呼び込み。
雑多で混沌としているのに、なぜか温かい。
威勢のいい声が重なるたびに、胸の奥のさみしさが少しずつ削られていった。
それはたぶん、私の地元の商店街を思い出させたからだと思う。
————
福島の町は、震災のあと大きく変わった。
駅前の商店街も姿を消し、あの正月の賑わいも、もう帰ることはできない。
けれど、アメ横の喧騒に身をまかせていると、その記憶がふいに蘇った。
人混みに押されながら、年始に歩いた商店街の景色と重なって見えた。
絵画を見た後の余韻と、アメ横のざわめき。
その対比が、私には妙に心地よかった。
アートの静けさで空いた心の隙間を、雑踏の熱気が埋めてくれる。
どちらも東京で、どちらも「今の私の居場所」だった。
————
御徒町のホームに立つと、いつも少しだけ立ち止まった。
この駅そのものに思い入れがあるわけじゃない。
けれど、静けさと喧騒を行き来する、その通過点としての御徒町は、私の記憶に確かに刻まれている。
失った場所を補うように、ここで生きている──。
そう思えたのは、きっとこの雑踏があったからだ。
いいなと思ったら応援しよう!
ありがとうございます。
お気持ちが、大変励みになります。その、お気持ちに応えれる様な記事を引き続き作っていきたいと思います。
本当に、ありがとうございます。