260.【小説】ぐるり、左 ― 遠回りのあとで ―⑤
第5章:高田馬場 - 誰にも読まれない日記 -
高田馬場の駅を出ると、学生たちの声がどこからともなく聞こえてくる。
ラーメン、カレー、古本屋、カフェ。
文学部のキャンパスへ向かうまでの道には、学生の生活がそのまま詰まっていた。
早稲田に入りたかったのは、ずっと憧れていたからだった。
名前ではなく、空気に惹かれたのだと思う。 自由で、猥雑で、何かが混じり合っている感じに。
ギターの音。
笑い声。
ビラを配る手。
空気が生きていた。
図書館でレポートを書き、喫茶店でサークルの仲間と議論。
深夜には、どうでもいい話をしながら並んでラーメンを食べた。
あの頃の私は、文学と生活が地続きだった。
でも、あの春、すべてが変わった。
2011年3月11日。
東北の大震災。
その日、講義が中断され、校舎から学生が静かに出ていった。
構内にいたはずのざわめきが、嘘みたいに消えていた。
誰もが口を開かず、ただ歩いていた。
電車は止まり、街から灯りが消えていた。 携帯もつながりにくく、SNSで流れてくる映像が現実味を欠いていた。
実家のある福島は、幸い家族に被害はなかったけれど、 地元の町並みは大きく変わってしまった。
それから、私は「帰る」という言葉をうまく使えなくなった。
変わってしまったのは、街だけじゃなかった。 自分の中の時間が、何か切り離されたような気がした。
時計は動いているのに、心が時を数えなくなった。
就職活動も、思っていたようにはいかなかった。
企業は採用を絞り、説明会は減り、空気は重かった。 「早稲田なら安心」と思っていたのは、幻想だった。
履歴書を何度も書き直しながら、 私は、自分の中の“言葉”が消えていくような感覚を覚えていた。
そんな時期、私はノートを一冊持ち歩いていた。
誰にも見せない、見せるあてもない日記帳。
書いていたのは、愚痴でも夢でもなかった。
ただ、その日見た風景、ふと浮かんだ言葉、 すれ違った誰かの会話の断片。
ざらっとした紙にボールペンの先を走らせる音だけが、自分の証しのようだった。
いま思えば、あれは「生きている実感」をつなぎとめるための記録だったのかもしれない。
あのノートは、今も部屋のどこかにある。
もう読み返すことはないけれど、 私はあれを捨てられずにいる。
高田馬場のホームが、ゆっくりと遠ざかっていく。 見慣れた駅名の看板が、ぼんやりと揺れていた。
あの頃の私がいた場所。
でももう、あそこには戻れない。
窓に映った今の自分と、遠ざかる駅の光が、しばらく重なっていた。
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