261.【小説】ぐるり、左 ― 遠回りのあとで ―⑥
第6章:池袋 - 東京じゃない東京 -
池袋の駅に着くと、空気が少し重たく感じた。
人が多くて、音が大きくて、何かが始まっているようで、でも何も起きていないような街。
構内に響くアナウンスが、どれもぼやけて聞こえる。音が反響しすぎて、言葉の輪郭を失っていた。
サンシャイン通りへ向かう人の波に乗って歩いていたら、ふと思い出した。
前に、大阪出身の知人が言っていた言葉。
「東京っぽくないよな、ここ。
大阪に似てるわ。梅田とナンバが混じった感じで。」
そのときは笑って受け流したけれど、今なら少しだけわかる気がする。
池袋は、東京にありながら、どこか“外”の空気をまとっている。
東口にあるのに西武百貨店、西口にあるのに東武百貨店。
雑多で、合理性なんてない。
でもその不格好さが、今の私には妙に落ち着いた。
古い看板の上に、新しい広告が重なっていた。誰かの手を経たものが、積もっている街。
駅前の小さなカフェに入った。
店内には高校生くらいの女の子たちがいて、何かの雑誌を回し読みしていた。
その表紙が、見覚えのあるレイアウトだった。
私が関わった号だった。
企画を出して、構成に口を出して、何度もやり直してできた記事。
それを誰かが読んでいた。
笑いながら、付箋をつけながら、ページをめくっていた。
目の前の景色が、少しだけ明るくなった気がした。ひと息、深く呼吸したくなるような瞬間だった。
そして、その姿を見て、少しだけ胸の奥が温かくなった。 評価されたわけじゃない。 名前が知られているわけでもない。
でも、私の言葉が誰かの目に触れている。
それで十分だと思えた。
池袋は、昔はあまり好きじゃなかった。 ごちゃごちゃしていて、通過するだけの街だった。
でも今は、あの雑踏の中に少しだけ自分の居場所がある気がする。
カフェの奥、柱の陰のテーブル。
声は届きすぎず、外の喧騒も遠い。
ちょうどいい距離だった。
東京じゃない東京。
それでも、ここに私はいる。
それだけで、今日は少し前を向ける気がした。
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