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387.【小説】金胎記 −矢萩三代記−〈声なき神を抱いて〉其八(矢萩編)

【エピローグ 声なき神の夜──それでも、人は神をつくる】

風が止んでいた。

旧・金胎教本部跡。冬の冷えた朝、枯れた杉の枝に、かすかな霜がついている。

廃屋となったかつての矢萩邸。屋根は崩れ、蔦が石垣を呑み込んでいた。

だが、そんな場所に、ひとりの若者が立っていた。

津守新──いまや「再生宗団・響命教(きょうめいきょう)」の教主。

白い装束に身を包み、静かに祠の前に跪く。

祠には、あの“おおこがね様”の像が祀られていた。

金色の塗装は剥がれ、眼にはひびが入り、もはやただの石像にしか見えない。

けれど津守は、深く頭を下げた。

「……わたしが、また始めます。

血ではなく、思想で信仰を継ぐ時代に。

“あの方”の声を、もう一度、響かせるために」

彼の後ろには、一人の少女の姿があった。

年の頃は十歳。利発な瞳と、真央によく似た細い輪郭。

そう、彼女は──真央の娘。

出生の真偽は誰にもわからない。
ただ、津守がそう“言った”。

真相は闇の中にある。だが、人々は“そうであること”を望んだ。

「この子こそ、神の子の再来だ」と。

その宣言は、かつての信者たちに、再び火を点けた。

罪悪感と後悔を抱えた古参、居場所を失った青年、癒しを求める老女たち。

新たな金胎教──いや、響命教は、静かに、しかし確実に信者を増やし始めていた。

まるで、何も終わっていなかったかのように。


──時を同じくして、かつての神代家。

いまは誰も住まない、山間の小さな墓地で、一人の老いた男が手を合わせていた。

神代信吉。

彼は、矢萩と弥生の子を、最後まで“我が子”として育てた。

妻の死も、教団の崩壊も、信仰の欺瞞も──

すべてを呑み込み、なお祈り続けてきた。

「弥生……俺は、お前を許す」

そう呟いたその目に、涙はなかった。

だが、祠に手を合わせる姿には、確かに何かが宿っていた。

赦しか、あるいは祈りか。

それとも、もう祈る対象のいない空虚か──


そして、山の祠。

津守と少女が立ち去った後、風がまた、そっと吹き抜けた。

誰もいないはずの祠の奥、崩れた石の間から、小さく響く声があった。

それは言葉ではなかった。

誰が刻んだのか、いつのものかもわからぬまま──ただ、その文字だけが、わずかな光を返していた。

「掘るな──と言ったはずだ」

神は沈黙していた。

それでも、人はまた、神を創る。

その声なき夜に、祈るように。

──了。


創作秘話∶


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