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378.【小説】金胎記 −矢萩三代記−〈声なき神を抱いて〉其参(矢萩編)

【第2章 弥生の誕生と継承】

――矢萩の思惑と、弥生の内なる苦悩

弥生は、矢萩栄一郎の後妻が前夫とのあいだにもうけた連れ子だった。

矢萩家は、かつて島津家から村政を委ねられた家系だったというが、もはやそれを語る者はほとんどいない。

時代は変わり、金も尽き、村は忘れられた地となった。

それでも栄一郎は、信仰によって村を再生させるという自身の構想を、疑うことなく信じていた。

弥生は、その傍らで育った。

──育てられた、というより、整えられた。
己の信念に殉じるための、器として。

栄一郎には先妻との間に男子がいたが、戦禍に呑まれ、継ぐべき者は絶たれた。

そのときから、彼の眼差しは弥生へと定まった。


少女は早くに気づいていた。

あの眼差しが、父のそれではないことを。言葉にされずとも、幼い心は真実を知っていた。

夜毎、奥座敷に呼ばれるようになった頃、弥生の中で何かが静かに崩れた。

彼女は矢萩の命に従い、学び、装い、笑い、そして、村人の前では“矢萩の娘”として完璧に振る舞った。

やがて弥生が大人び始めた頃、一人の男が戦地から帰還する。

神代政春とふさの息子。
そして、どこか“矢萩の子”のようにも見えた男──神代信吉。

右足に従軍の痕を残し、言葉少なに村に溶け込もうとするその姿は、弥生にとって理解しがたい存在だった。

厳格で、沈黙を纏っている。

それは政春を思わせながら、どこか深く断絶した静けさでもあった。

弥生は、その沈黙の奥に何かを見ようとしたが、どうしても見えなかった。


矢萩は、ふたりの結婚を当然のように取り決めた。

それは“家と家”の結びつきであり、“信仰と血”を繋ぐ布石でもあった。

情や想いなど、矢萩の中には存在しなかった。

弥生は、ただ従った。

婚姻が決まった夜、鏡に映った自分を見つめた。

頬をなぞりながら、呟く。

──これは、私の顔ではない。 

そこにあるのは、矢萩が望んだ女の貌。

仕立てられた教祖の器。

「私は、父の意志に生きる」

その囁きは、誰にも届かない。

そして、弥生自身にさえ、何を意味するのかは分からなかった。


季節が巡り、弥生の腹に命が宿った。

矢萩は頷き、「よくやった」とだけ言った。

信吉は無言のまま、隣に座った。

弥生は、その背中に言いようのない遠さを感じた。

あの春の日の、冷たい風の中、ひとり立ち尽くす少女がふと蘇った。

この子は、誰の子なのだろう。

それは、誰にも問われることのない問いであり、

弥生自身にも、決して答えられない問いだった。


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