185.【小説】男と女 ∶5 -ラナンキュラスとカワセミの午後-
『ラナンキュラスとカワセミの午後』
百貨店のショーウィンドウは、季節の美しさを贅沢に飾る箱庭のようだった。
吹き抜けの天井から吊るされた装飾の中を、色とりどりの光がすり抜けていく。
そして天井の近くには、淡い光をまとったシルクの布が幾重にも重なり、風に舞う羽のように揺れている。
その間を、小さな光の粒が流星のように流れ落ち、足元の床に虹色の影を落としていた。
金色の鳥が羽ばたき、絹の花々が風もないのに揺れていた。
週半ばの祝日の午後、フロアの喧騒はどこかゆるく、春の気配にほどけていた。
男は、一人でその光景を見上げていた。ビジネスカジュアルに身を包み、手には紙袋ひとつ。
引っ越してきたばかりで、役所や買い出しの用事を済ませた帰りだった。
まだ慣れない街の空気に、休日の正しい過ごし方を測りかねている。
そこに、女が現れた。
同じように立ち止まり、天井を見上げている。風になびくようなコート、肩にかかる髪が光を受けて揺れていた。
二人はしばらく無言で、ただ上を見ていた。
「……あの鳥、カワセミ、かな。」
男がつぶやく。
「私は……あの花。ラナンキュラス...…かしら」
女がそっと応じる。
ふいに、互いに笑い合う。
見ているものが違うのに、同じ風景を分かち合っている気がした。
「この展示、初めて見ました。綺麗ですね」
「ええ。ここ、季節ごとに変わるみたいです。」
「そうなんですか……実は最近、引っ越してきたばかりで。」
「あら、そうなんですか。」
「今日は、用事を済ませた帰りで。だけど、帰るには少し早くて。気がついたら、ここに来てました」
「わかる気がします。私も似たようなものです。ちょっとだけ空いた時間に、なんとなく立ち寄っただけで。」
「この展示、週末までなんですよね。ポスターに書いてありました。」
「そうなんですね。……見に行こうか、迷ってたんです。ひとりだと、少し勇気がいるなっと思って。」
「僕もです。実は、会社の同僚からチケットを二枚もらって。誰か誘えば?って笑われて……でも、結局そのままで。」
「偶然ですね。まさか、ここでこんな会話になるとは。」
「じゃあ、せっかくだから。ご一緒に、どうですか?」
女は少し考えてから、ふわりと微笑んだ。
「……そうですね。今日は予定があるけど、今週の土曜日なら空いてますよ。」
「じゃあ、土曜日の11時、ここで待ち合わせはどうでしょう。」
「ええ。11時に──カワセミの前で。」
「じゃあ僕は──ラナンキュラスの前で待ってます。」
ふたり、少しだけ笑い合う。
その日、男は初めて知る花の名前を口にした。
女は、鳥が好きな誰かと景色を分け合うことを、少しだけ楽しみに思った。
──互いに名も知らぬふたりが、空を見上げ、同じ時間を約束した午後。
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