241.【小説】バイバイ、私の未来⑥
第6章:沈黙の海、言葉の刃
春の訪れが近づく頃、遥子(ようこ)の予言は、突然止まった。
舞台袖で、彼女は無言のまま立ち尽くした。
照明の熱も、観客のざわめきも、まるで届いていないようだった。
「見えないの。何も……」
その言葉を最後に、遥子は未来を語ることをやめた。
父は、落ち込んだ。
違約金を払い、全てを投げ打って独立した意味が、崩れていくのを感じていた。
姉・真帆も、言葉をかけることができず、ただそっと傍に座った。
アンコが、静かにその足元に頭を預ける。
最初の数日は「疲れだろう」と誰もが口を揃えた。
だが、一週間、二週間。
予言の力は戻らなかった。
そして──騒ぎが、始まった。
「予言アイドルの正体はただの演技だった?」
「元所属事務所が暴露“すべては仕組まれた茶番”」
元事務所は、遥子によく似た髪型・衣装の新ユニットを打ち出した。
「本物はこちら」と銘打たれたその広告は、遥子の存在を巧妙に否定していた。
SNSでは、かつて彼女を称賛していた者たちが、手のひらを返した。
「やっぱり嘘だったんじゃないか」
「演技がうまいだけの、子役だっただけだろ?」
さらに、“元クラスメイト”を名乗る子たちのインタビューが流れた。
「昔から変な子だった」
「何を考えてるか分からなかった」
「チヤホヤされて、調子に乗ってた」
中には、あの火事にまで言及する者もいた。
「ほら、あれも、あいつのせいって噂あったし」
真帆の拳が震えた。
同じ記憶を持つ者が、状況が変わると、まるで違う物語を語りだす。
「人は真実より、自分が安心できる物語を選ぶのね……」
真帆は静かに呟いた。
アンコは、遥子の膝に顔を乗せ、じっと寄り添っていた。
誰も見ていない時間。
誰にも届かない声。
それでも、真帆とアンコだけは、遥子の沈黙に寄り添い続けた。
だが、資金は底を尽きかけていた。
「もう……続けられないかもしれない」
父の背中が、急に小さく見えた。
次第に、どこからも遥子の出演依頼は届かなくなった。
そして、静かに──世界から、彼女は“消えた”ように見えた。
けれど遥子は、静かに俯いたまま、それでも微かに──
彼女だけが、見えていた。
誰にも話せない、言葉にもできない、何かを。
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