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305.【小説】潮騒の港 -ひかりの海-4

第三話(前編)鹿児島·錦江湾── 鹿児島の桜、磯庭園にて ──

東京の桜は、すでに散り果てていた。

羽田へ向かう途中、歩道の隅に、雨に打たれたような花びらがわずかに残っていた。

鹿児島はどうだろう──そんなことを考えながら、機上の人となった。

羽田から鹿児島空港までは二時間弱のフライト。

窓の外に桜島の稜線が見えた瞬間、胸がわずかに高鳴った。

それはこの地の自然の迫力に対してだけではない。

──そうだ。母は鹿児島・奄美の出身だった。

自分にも、たしかにこの土地の血が流れている。そう思うと、初めての訪問なのに、どこか“戻ってきた”ような不思議な感覚があった。


レンタカーを借りるか迷ったが、今回は見送った。

旅の夜には、芋焼酎も楽しみたかった。何より、タクシーや路面電車で揺られる時間も悪くないと思えた。

市内へ向かう車窓からは、東京とは明らかに違う陽ざしと、やわらかな空気が流れてきた。


磯庭園に着いた頃、陽は高く昇っていた。

門をくぐると、出迎えたのは満開の桜だった。

東京では遠に散った花が、南国·鹿児島では、いまを盛りと咲いている。

不思議なものだ。
だが、これも例年のことらしい。

枝越しに視線を移すと、対岸に桜島が堂々とその姿を見せていた。

自然と人工の造形が、奇妙に調和しているようだった。

カメラを構えた。
──今度は、迷わなかった。

ファインダーの中の風景が、自分の内側とつながった気がした
──夢中でシャッターを切っていた。

光と影の間を行き交う桜の花弁。
その向こうにそびえる火山の稜線。
石の庭と苔の緑。

構図も、理由も、もうどうでもよかった。ただ、いまこの瞬間を撮りたかった。

それが、旅の中で初めて「撮りたい」と感じた瞬間だった。


陽が傾きかけた頃、市内のホテルにチェックインした。

部屋の窓からも、遠く霞む桜島が見えた。

カメラの背面液晶を眺めながら、胸の奥に、かすかな手応えが残っていた。

──今度は、撮れた。

シャツの襟を正しながら、ふと気づく──まだ見ぬ「鹿児島の夜」が、ほんの少し楽しみになっていた。


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