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198.【小説】金胎記 其五-おおこがね様を巡る三代記-(神代編)

【第5章:沈黙の教祖】


――昭和二十三年、神深村・御黄金本山

薬師堂は姿を変え、朱塗りの新殿が建てられていた。

参道には灯籠が並び、鳥居の上には金色の輪を模した紋が掲げられている。

村は、もはや“神域”だった。

かつて過疎に悩み、冬の炊き出しにも事欠いていた村には、今、参拝客が絶えなかった。

宿は建ち、食堂や土産屋が増え、田畑にも手が入り、子どもの笑い声が聞こえるようになっていた。

信吉は、その光景をただ見ていた。

「これが……村のため"だけ"だったのかもしれん」 そう思ったことは、何度かあった。

祈祷殿の中央には、榊と布に包まれた“おおこがね様”。

その正面に、弥生が座していた。

腹に抱えていた命は、すでに五歳を迎えていた。

その子は、“真央(まお)”と名づけられた。

矢萩が名づけの意味を語ったのは、弥生が妊娠を告げた夜だった。

「この子は、“神の言葉の中央”に立つ者。真理を伝え、道を示す印。

……“真央”という名は、その役目を宿すための器の名じゃ」

信者たちはその名を聞き、深く頷いた。まるで、その瞬間にまたひとつ神話が刻まれたかのようだった。

真央は信者の前では“神の御子”として振る舞わされていた。

まだあどけないその表情に、誰もが頭を垂れる。

弥生は、彼を抱き上げながら語った。

「この子は、御神体より授かりし光の御子。皆さまの信が、わたくしたちの血となり、骨となります」

語りは完璧だった。

声の張り、間の取り方、視線の配り方—— それは舞台の上でしか見られぬ、熟練の演技だった。

信吉はその隣に座っていた。

口は閉じたまま。

まるで置物のように、ただそこに“在る”ことが役割だった。

矢萩栄一郎は健在で、信者の寄進をもとにした寺社整備や催事の演出を積極的に行っていた。

ある日、彼は信吉にこう言った。

人は、形あるものにしか信を向けられぬものです。

だからこそ護符があり、御神体があり、語る者がいる。

我々が差し出すのは“分かりやすさ”です。それは施しですな。人助けなのです」

その口調は変わらず穏やかで、整っていた。

「信仰は、伝わらねば意味がない。
伝わるには“形”が必要です。 形の先に、ようやく神は宿るように"見える"のです

その日から、祈願札、御黄金護符、“奇跡の水”と呼ばれる湧き水の瓶詰めなどが次々と企画され、信者の間に流通し始めた。

信吉は、堂の裏に設けられた倉庫で、それらが箱詰めされるのを見ていた。

「村が……生き返った」

そう思う反面、 「どこで、わしらは“祀る側”をやめてしまったのか」 という問いも、心のどこかに残っていた。

夕刻、真央が縁側に座っていた。
小さな手で、石を並べている。

信吉は、隣に腰を下ろした。

「おまえの好きなものは、なんじゃ?」

真央は、黙ったまま首を傾けた。

「食いもんでもええ。場所でも。……言葉でも」

少し考えて、真央はぽつりと呟いた。

「……ままのこえ」

信吉は、微笑もうとして、やめた。

「そうか」

それ以上、何も言えなかった。

弥生は、日に日に“父の語り口”に似てきていた。

信吉は思った。

「声が、降りているわけじゃない。
降ろす人間がいなくなっても、あの人は、語り続けているだけだ」

だが、それを言葉にしたことはない。


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