290.【小説】EchoNoos-神はまだ語るか? 9 Part2-使者と小国たち-.Ⅲ
第2章:贅と静謐の応接室
セラは、ゆっくりと歩を進めていた。
その先にあるのは、ECHO-VOX中枢から南に隔絶された特別区──各国の迎賓館が集まる《無音の回廊(Silent Corridor)》だった。
この区域だけは、あらゆる干渉を受けない。
思想も、宗教も、支配体系も──すべてが交錯するこの地において、AIによる介入が極力排除された中立空間である。
表向きに「外交の公平性を守るため」とされているが、実際には各国がこの空間を“自国領”と同等に扱っている。不可侵の原則が敷かれ、睨み合いが均衡を保っている。
同様の迎賓特区は他国にも存在し、各地に“ECHO-VOX館”が設けられている。
ただし、ORDEA(オルデア)に限っては、形式上の設置のみで実質的には機能していない。
セラの目的地は、回廊の最奥にあるCALDIA(カルディア)の迎賓館だった。
重厚な扉が音もなく開き、異質な空間が広がる。
黄金のモール。
深紅の絨毯。
壁には高精細に再現された古代の名画──おそらく原画ではなく、模写や3D複製だろう。
それでも、贅を尽くした印象を与えるには十分だった。
これがCALDIAの流儀だ。
ラウンジの中央でセラを迎えたのは、中年の男──CALDIA代表の使者。
穏やかな微笑みを湛えているが、その視線は一瞬たりとも油断を許さない。
「ご足労、感謝します。巫女セラ──いや、今や代表の名でお呼びすべきでしょうか」
「肩書は必要ありません。ここは言葉を交わす場ですから」
セラは微笑み返し、ソファに腰を下ろした。
だが、その空間は、全体が圧力だった。
過剰な装飾。
過剰な静けさ。
過剰な優雅さ。
CALDIAの外交戦術は明快だ。
この“過剰”こそが、交渉相手を飲み込む武器なのだ。
「今日はご挨拶まで。ただ、今後の会談について──他国の使者とは、順にお会いしていきます」
「無論。CALDIAは順番にこだわりません。ただし……」
男の笑みが、ふと影を含んだ。
「ORDEAの動きが、やや気になる段階に入っています。我が民の間でも、不安が囁かれ始めている」
セラは静かに眉を寄せた。
「招待状は、正式に送付しています。返答はありませんが──それ以上を我々から問うつもりはありません」
「賢明ですね」
男はワイングラスを軽く掲げた。
「今は、静かに始めましょう。国が動くには、火種と風向きが必要です。CALDIAは……風を読むのが得意ですから」
セラは、その視線を受け止めたまま何も答えなかった。
CALDIA──外貨で国家を運営し、傭兵事業で“民”すらも外に売る国。
そして今、ECHO-VOXの中で最も情報を集め、最も静かに、火薬の匂いを漂わせている国でもある。
その事実だけを、セラは胸に刻みながら、静かに席を立った。
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