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268.【小説】誰のせいでもない 4-ある刑事の記録-何故、佐久間修は死んだのか。

第三章 秘書・柴崎の証言

《週刊誌WEB記事より》

『佐久間修の謎──「理想の経営者」の死に、政財界に波紋広がる』 “冷静沈着な戦略家でありながら、晩年は文化福祉に心を傾けた男。

複数の関係者が「完璧すぎる人」と語る一方、ネット上では「感情の見えない人物だった」との声も──

報道の熱は冷めやらず、「謎」「衝撃」「真相」という言葉が、見出しに踊っていた。だが、どれ一つとして彼の素顔を映してはいなかった。


葛木は、手帳にこれまでの証言を整理していた。

彼を讃える言葉は多い。  
財界、文化人、政界、教育界。  

だが、彼の“人となり”を語れる者は──いなかった。

最も近くにいたはずの妻さえ、「何もわからなかった」と言った。

ならば、彼を“最も長く見てきた他人”に話を聞くしかない。

柴崎玲奈。
佐久間の秘書を十年以上務めた女性だった。


平日の午後、千代田区紀尾井町。ガラス張りの高層オフィスビルの一室。

佐久間修が代表を務めていたコンサルティング会社の本社だった。現在は妻の佳織が臨時の代表を務め、社内整理が進められている最中だった。

会議室の一角には、いくつもの段ボールが積まれている。静まり返った室内は、まるで“遺品整理”の現場のようだった。書棚は空になり、壁にかかっていた絵もすでに外されていた。応接テーブルと椅子だけがそのまま残されている。

「……あの人の話、ですか」

柴崎は、薄く笑った。  
淡いグレーのスーツに身を包み、整った姿勢のまま、応接室の椅子に腰掛けている。

「正直に申し上げて、私、彼に何か“特別な感情”を持ったことはありません。仕事相手としては、非常に優秀で、指示も明確でした。でも……それだけです。」

淡々とした口調だった。

「彼は、常に合理的でした。社員に感情的になることもありませんでした。怒る姿も、笑う姿も──私、見たことがありません。」

葛木は質問を挟まない。ただ、彼女の話の端々に浮かぶ“空白”を拾い続ける。

「彼のことを、“聖人”のように言う人がいますよね。ですが、あれは……ただの投影だと思います。皆、自分の見たいものしか、見ていなかった。

葛木はその言葉に、わずかに眉を動かした。

「あなたは、佐久間さんの“本当の姿”を見たと思いますか」

沈黙。

柴崎は、わずかに目を伏せた。

「……私も、結局、彼のことを何も知らなかったんだと思います。十年以上、一緒にいたのに」

言葉のあと、彼女の視線が宙をさまよった。わずかに噛み締めるような表情が、初めて感情の影を帯びた

葛木はメモを閉じた。

「他に、彼に近しかった人物は」

柴崎は少し考えたあと、言った。

根岸淳さん。今は独立されていますが、以前は部下でした。社内で唯一、彼に“言い返した”ことがある人です」


《SNS投稿より》 
「佐久間修? 神格化されてるけど、昔から冷たい奴だったよな」

「いや、俺はあの人に救われたことある。表裏あるのは人間として当然だろ」

「死んだ後に美化すんの、やめたほうがいいって」

「同じ職場にいたけど、最後まで何を考えてるのか分からなかったな」

葛木は、スマートフォンの画面を見つめたまま、そっとため息をついた。

彼らは皆、語っている。

だが、誰一人として──“彼の内側”には触れていなかった。


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