167.【小説】火を継ぐモノ:第4章「ルカの弁論 (アルマデア異端審問にて)」
第4章「ルカの弁論 (アルマデア異端審問にて)」
静まり返った審問の間。
壁に掛けられた「火の教義」の旗が、わずかな風で揺れていた。
ルカは独り、石の円形壇上に立っていた。
その下には審問官たち、そして奥の高座には筆頭審問官——ファウスト。
「私は教師として、多くの言葉を語ってきた。
だが一度、沈黙を選んだ。
その沈黙の中で、私の内側を焼いたのは、外の火ではなかった。
……言葉を捨てた、自分自身だった」
数人の審問官が、眉をひそめた。
「私は今日、ただ自分を弁明するためにここに立っているのではない。
語りたいのは、火だ。
プラトンが語った“イデア”——この現実の背後に、変わらぬ真の姿があるという思想。
マルクス・アウレリウスが遺した、“人は自らの思考によって形作られる”という言葉。
そして、ソクラテスの、“ただ無知を自覚することこそが、人の始まりである”という叡智。
我々は、それらを千五百年にわたって継いできた。
私は、ここアルマデアで、その火を語り継ごうとしている」
一人の若い審問官が、小さく呟いた。
「なぜ……まだ語る? 火刑になると分かっていながら……」
別の者がざわめく。
「このままなら、鞭打ちか追放で済むものを……」
「もう十分だ、黙れ」
誰かが、押し殺した声で言った。
広間に、ざわめきが波のように広がっていく。
ルカはそれを背に、静かに視線を高座へ向ける。
「ファウスト、いや筆頭審問官ファウスト……
あなたと私は、かつて同じ学び舎で、同じ師の言葉を聞いた。
あなたも知っているはずだ。
……言葉とは火だ。
燃やせば消えるものではない。
燃えることで、次に灯を渡すものだ」
ファウストは、身じろぎもしなかった。
その瞼は重く閉じられ、やがてゆっくりと開かれた。
声は、氷のように冷たかった。
「……論には、勝っただろう、ルカ。
だが、論で民は治められぬ。
お前の声は、民を惑わせる。
ゆえに、火刑に処す。
これは“教義”ではない。“秩序”の判断だ」
しん——と、場が凍りつく。
ルカは目を閉じ、口元をわずかに緩めた。
「ならば、私は……焼かれるに値する者となろう」
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