225.【小説】金胎記 其九(最終話)-おおこがね様を巡る三代記-(神代編)
【第9章(最終話) 声なき神の夜】
それは、静かな夜だった。
かつて、神が宿ると言われたあの堂の中に、新吉は一人で座っていた。
虫の音も、風の気配もない。 時が止まったような沈黙の中、彼は右手に持った小瓶の蓋を外し、薬を口に含もうとしていた。
その瞬間だった。
——掘るなと言ったはずだ。
それは声ではなかった。 だが、確かに彼の中に届いた。
……それは、かつて父に言われた言葉だった気もした。
あるいは、あの"おおこがね様"が、初めて語ったのかもしれなかった。
どちらかは分からない。 もしかすると、ただの幻聴。 死を前にした脳の逃避。 だが、新吉の手は、震えて止まっていた。
(信吉回想)
かつて、彼は信じていた。
村を守るために、皆を救うために、自分の身を投げ出してきた。 それが、いまや神も、教祖も、神の子も崩れ去り、信じた者たちすら、他人を疑い、迫害し、憎しみあっていた。
“何が神だ……”
彼は、ぽつりと呟いた。
“人としても、未熟なのに。”
そう言って、新聞のスクラップを火鉢にくべる。 真央のスキャンダル、幹部の逮捕、信者による事件、教団解体、宗教法人の取り消し—— 全ての記事が燃えていく。
燃え残ったのは、ただ一枚の写真。
薬師堂の前で笑う弥生の姿。
“あの時のお前は……本当に、神様に見えたよ。”
その写真も、そっと火にくべた。
小瓶を握りしめた手が、再び静かに震えだす。 が、そのまま彼は蓋を締め直した。
外で、鳥の声がした。
夜が明けかけていた。
堂の奥、祠の中に祀られたおおこがね様の像は、今も静かに座っていた。
新吉は、祠に向かって深く頭を下げた。
それが、祈りだったのか、謝罪だったのか、それとも……別れだったのか。
分かる者はいない。
——ただ、確かにその瞬間だけ、何かがこの堂に満ちていた。
神代編 完
矢萩編∶
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