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230.【小説】バイバイ、私の未来③

【第3章:炎のあとに残ったもの】


火事の翌朝、団地の掲示板に、焦げた制服が吊るされていた。

誰かの悪意か、単なる嫌がらせか。けれど、その制服は、遥子(ようこ)のものだった。

名札のあたりが黒く焦げ、胸のリボンが半分溶けていた。

「絵に描いたから、燃えたんでしょ?」

「幽霊みたいで気持ち悪いよ」

子どもは時に、想像力を暴力に変える。
遥子の未来視は、いつしか“呪い”と呼ばれ始めた。

先生たちは庇いきれず、父も学校に掛け合ったが、事態は収まらなかった。

遥子は、やがて自分から登校を拒むようになった。

「もう、いいよ……。私は、いなくてもいい」

その言葉に、私は反射的に怒鳴った。

「そんなわけ、ないでしょ!」

声は震えていた。
怒りじゃない。怖かったのだ。
妹が、自分の存在を否定するその響きが。

以来、私と遥子の間には、少しだけ距離ができた。

けれど──アンコだけは変わらなかった。
団地の階段下に伏せて、遥子をじっと見上げるあの目だけは。


ある日、ふと見たら、遥子が踊っていた。
リビングで、音もなく。

テレビで流れていたミュージックビデオの振り付けを、記憶でなぞるように。
細くて、柔らかい体が、空気を切っていく。

「遥子、それ……」

「うん。ダンス。楽しいの、これだけは」

学校を休みがちになってから、遥子はダンススクールに通い始めた。
体験レッスンだったはずが、今では週に三回、休まず通っている。

私が気づかないうちに、遥子の中に、火がともっていた。


「先生が言ってたよ。遥子、本当に上手だって」

父が、ある夜、ぽつりとつぶやいた。

「そうか、人前に立つ子になるかもなあ……いや、もう少し見守ろう」

その声には、応援と、少しの不安が滲んでいた。
父は、目を伏せたまま、グラスの水を揺らしていた。


数週間後、ダンススクールの発表会で、遥子はセンターを務めた。

ステージの上で笑顔で踊る彼女は、まるで光を浴びる彫像のようだった。

終演後、舞台袖で、ひとりの女性が話しかけてきた。

「お母さん? それともお姉さん?」

「姉です。何か……?」

「よければ、ちょっとお話できませんか」

名刺には、都内の芸能事務所の名前が記されていた。


あの時の光景を、私はずっと覚えている。

楽屋の鏡の前で、遥子がチークを塗られながら、そっとこちらを見た。

「お姉ちゃん、どう? 似合ってる?」

私は笑った。

「うん。……すごく、かわいいよ」

絵の中で笑っていた遥子が、今、現実でも笑っている。

その笑顔を、私はずっと守りたいと思った。


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