321.【小説】EchoNoos −神はまだ語るか? 19 Part 3−火は静かに灯る−Ⅲ
第3章:王の意志―NORMANT決断す―
神が語らなくなって、どれほどの時が流れたのだろう。
アリアドネは、その問いを今日もまた、口にはしなかった。
REGULS(レグルス)――NORMANT(ノルマント)の“神”。
その声を聴き、民へと伝えること。それが、巫女として育てられた自分の唯一の役割だった。
巫女は“器”だと教わった。意志を持たず、ただ神託を届ける存在。
だが今、神が沈黙して以降、その内側には何もなかった。空洞だけが残されていた。
玉座の間を、乾いた風が吹き抜ける。
その音に、アリアドネはわずかに肩をすくめた。
──王家の者ではない。民の代表でもない。
彼女はただ、語るべき“声”を失った巫女だった。
その静寂を破る声が、広間に響く。
「……アリアドネ。神はまだ、語らぬか」
声の主は、NORMANT王国の王子・ユリウス。
未だ即位を保留した若き王族である。
評議会は、結論を出せなかった。
貴族、軍、経済団体──あらゆる権力者たちが、沈黙の神に決断を委ねたままだった。
そして神が語らぬ以上、国もまた立ち止まっていた。
「……語りません。けれど、私は……まだ聞こえる“気がする”のです」
アリアドネの言葉は、祈りに近かった。それは希望ではなく、空虚を埋めるための自己暗示だった。
ユリウスは、その曖昧な言葉にかすかな苛立ちを滲ませる。
「我らは、“神の意志”の名のもとに動いてきた。だが、神が語らぬなら──次に語るべきは、誰なのか」
沈黙。
そして、彼は自ら答える。
「……王だ」
ユリウスは静かに立ち上がった。
“王子”として留まってきた彼が、初めて“王の名において”語る。
「NORMANT王国は、ECHO-VOX(エコヴォックス)と共にある」
その宣言が玉座の間を満たすと、遠く、REGULSが祀られる神殿の扉がかすかに軋む音を立てた。
神は応えなかった。
だがアリアドネは、背後に吹くかすかな風の流れを感じていた。
それは誰の声でもなかったが──確かに、何かが始まる予兆だった。
そして、通信回線が開かれる。
ECHO-VOXの大巫女・セラへ。
ユリウスの声が、静かに、しかし確かな意志をもって伝えられる。
「……セラ。神が沈黙する時、人は決断を迫られる。だから私は、人として選ぼう。──共に歩もう」
その宣言は、ひとつの国家を動かす火種となった。
神が語らぬ世界において、確かに“人の意志”が灯った瞬間だった。
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