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成功は約束されていない:約束されているのは成長その1

「一番になりたい」
そう願うことは、人間の根源的な欲求かもしれません。
誰かに勝ちたい、認められたい、頂点に立ちたい。そんな純粋で、時に残酷なまでの情熱が、人を動かす原動力になります。

私にとって、その情熱の対象の始まりは小学生低学年の「将棋」でした。

父との対局、そして芽生えた悔しさ

私が将棋というゲームに出会ったのは、小学校低学年の頃でした。手ほどきをしてくれたのは父親です。
最初は当然、実力差がありすぎます。
父が「飛車」や「角」といった強力な駒をあらかじめ取り除いて戦う「駒落ち」というハンデ戦から始まりました。
しかし、戦力が大幅に削られた父を相手にしても、幼い私は全く歯が立ちませんでした。

盤上の駒が次々と打ち取られ、王将が追い詰められていく。
その様子を、父はにこにこと眺めながら、楽しそうに私をからかってきました。

「お前、本当に弱いなあ。飛車も角も落としてやっているのに、まだ勝てないのか」
大人からすれば、それは単なるコミュニケーションの一環であり、息子との微笑ましいやり取りだったのでしょう。

しかし、子供のプライドはそんなに安くはありません。
負けることの屈辱、そして何より父の余裕綽々とした態度が、私の心に火をつけました。

「よおーし、絶対に勝ってやる」
その日から、私にとって将棋は単なる遊びではなく、打倒・父を掲げた「戦い」へと変わりました。

独学の日々と、初めての勝利

私は父に頼み込み、初心者向けの将棋の基礎本を1冊買ってもらいました。
定跡を覚え、駒の効率的な使い方を学び、暇さえあれば盤面を眺める日々。

日曜日になれば、テレビで放送されるNHKの将棋トーナメントを食い入るように見つめました。
プロ棋士たちの指し手は魔法のようで、その一挙手一投足に自分の未来を重ね合わせていたのかもしれません。

努力は裏切りませんでした。
ついにその日がやってきたのです。
飛車角落としのハンデ戦で、私は初めて父を投了に追い込みました。

「参りました」
父のその言葉を聞いた瞬間、全身を駆け巡った高揚感は今でも忘れられません。
たとえそれが大きなハンデをもらっての勝利だったとしても、自分自身の力で壁を乗り越えたという事実は、私に大きな自信を与えてくれました。

一度勝てるようになると、上達のスピードは加速していきました。
ハンデは「飛車落ち」になり、「角落ち」になり、やがてそれらも克服して、ついにはハンデなしの「平手(ひらて)」で戦うようになりました。

そして、平手戦でも私が常に勝つようになるまで、そう時間はかかりませんでした。

盤上の攻防と、大人たちの意地

立場が逆転すると、今度は父が悔しがる番です。
将棋で勝てなくなった父は、対局が終わるとすぐに碁盤を持ち出してくるようになりました。

「次は囲碁だ。囲碁をやろう」
私は囲碁のルールを全く知りませんでした。
当然、結果は父の大勝です。
将棋で負けた鬱憤を晴らすかのように、父は囲碁で私を圧倒し、満足げな表情を浮かべていました。

将棋で私が勝ち、その後の囲碁で父が勝つ。
そんな奇妙なルーティンが、週に二、三回、夕食後の茶の間で繰り返されました。

今思えば、父もまた、息子に負ける悔しさと、成長していく息子への誇らしさの間で揺れていたのかもしれません。

やがて父は、近所のおじさんたちに「うちの息子は将棋が強い」と言いふらすようになりました。
その噂を聞きつけた近所のおじさんたちが、腕試しにと我が家を訪れるようになります。

しかし、子供の私は「手加減」という言葉を知りません。
相手が大人であろうと、全力で叩き潰しました。
コテンパンに負かされた一人のおじさんは、二度と姿を見せなくなりました。

もう一人のおじさんも、本気で悔しがってしばらく通い詰めてきましたが、ある時、自分の限界を悟ったのか、やはり来なくなってしまいました。

道場という新世界、そして鼻高々の少年

大人たちを次々と破ったことで、私の自信は確固たるものになりました。
「もっと強い人と戦いたい」

そんな渇望に突き動かされていたある日、家から歩いて20分ほどの場所に「将棋道場」があることを知りました。
そこは、真剣に将棋に打ち込む大人たちが集まる、未知の世界でした。

道場に足を踏み入れると、そこには家での対局とは比較にならないほど高い壁がいくつも立ちはだかっていました。
しかし、実戦を重ねるごとに私はさらに強くなっていきました。
当初は全く歯が立たなかった道場で一番強い常連さんにも、時折勝てるようになったのです。

今にして思えば、道場の大人たちは、有望な少年を育てるために少し手加減をしてくれていたのでしょう。
しかし、当時の私は自分の実力だと信じて疑いませんでした。

周りの大人たちは、私を「神童」か何かのように持て囃しました。
「強いなあ、坊や」「将来はプロになれるぞ」

そんな言葉を浴びるたび、私の鼻はどんどん高くなっていきました。
自分はこの世界で特別な存在なのだ。
努力すれば必ず勝てる。

成功は約束されている。
本気でそう信じていました。

決戦の舞台へ

小学校4年生か5年生の頃、デパートが主催する「小学生将棋大会」が開催されることになりました。

当時の私にとって、それは自分の実力を証明するための最高の舞台でした。道場で大人たちを相手に渡り合っている自分が、同年代の子供たちに負けるはずがない。

私は溢れんばかりの自信を胸に、会場へと向かいました。