見出し画像

異国の地で、私をホッとさせてくれたあの曲 #6 Karena Kucinta Kau ( by B.C.L):小泉今日子のヒット曲《あなたに会えてよかった》を思い出しながらホロっと泣けたアジアンポップ♪

“青春は残酷だ”なんて言うけれど、我がハイスクール落書も御多分に漏れず、やたらめったら強烈な殴り書きでした。高校入学とほぼ同時に始まった理解不能な反抗期。せっかく心優しい両親のもとに生まれ落ちながら、ラブリーな父母に対し何もかも反抗し、そんな自身にも反抗し、独り相撲を取って傷ついては、身勝手に打ちのめされていた暗黒の青春時代でした。

時はビーバップハイスクールやスケバン刑事が翳りを見せた頃、いまだリーゼントをキメた友人達は、その実はナイスガイばかりで、16歳の春に、晴れて原チャリ免許を取得するや否や、おさがりのYAMAHA・JOGをプレゼントしてくれる剃り込み激し過ぎる先輩がいたり、童貞街道まっしぐらが既定路線と想われた僕チンに、内心お人好しのキュートなヤンキーコギャルを当てがって、イジりまくってくれる仲村トオル顔負けの番長がいたり。

今頃、ようやく振り返って心底から笑えるものの、当時は顔に似合わずしかめっ面をキメこみ、ヤツらに合わせて外面はワルい顔ばかりして、内心溜め息ついて泣いているような青臭過ぎる糞餓鬼でした。結局、ホントのワルなんて、ワシの周りに一人も居なかったけれど。

そんな思春期の暗闇に真っ赤な太陽を燦々と降り注いでくれた綺麗なお姉さん・小泉今日子と彼女の唄う《あなたに会えてよかった》は、おそらく我が人生で初めてアイドルに一目惚れし、キョンキョンとやらに恋しながら、寝ても覚めてもシングルを聴きまくって癒された涙ぐましい思い出の一曲です。

その後、都会の三流マンモス大学に進学はしたものの、履修科目的には唯一インドネシア語しか面白いと感じなかった私は、一年修了時に、劇団ひま○りの俳優養成所を受験し、あっさり合格通知と入所案内が届き、かなり未来の選択に迷いました。ちなみに、そんな私は、かなりブ男系ですが、幼少期から、そんな一面も内在するような子どもでした。

母も「大学辞めて、そっちの道に行ってもいいわよ。」と優しく背中を押してくれたものの、迷惑ばかり掛け続け裏切り続け泣かせ続けて来た母に、これ以上親不孝など出来ないとの思いから、とりあえずインドネシア語とやらのビッグウェーブに溺れて、四大をストレートで卒業する道を選択したのでした。

叶わなかったタラレバやニラレバは、やっぱり美味しそうに思えて、あの時の未来の選択に後悔が無いか、と言えば嘘になりますが、親孝行のつもりでインドネシア語を選んだからこそ、その後、神々の島Baliにも遊学し、ウダヤナ大学とやらでウヤムヤになりつつあったインドネシア語をおさらいし、チャランポランながらウパチャラと云うヒンドゥーの祭儀ありきの魅惑的で掛け替えのない月日が流れました。

“Ubud Village” by Right Lyttle

しかも、あの滅茶苦茶な高校時代、一際リーゼントが凛々しい裕二くんからもらったYAMAHAのJOGを乗り回していたからこそ、Baliでのオートバイ生活がなんとなく懐かしく、美しい田園風景の中でスクーターを走らせる夕暮れ時には、どっぷりと幸せに浸っていました。

“Berawa Village” by Right Lyttle

しかもあの頃、しかめっ面から破顔一笑、僕チンを野次ってイジるヤンキー姐ちゃんのタバコ臭い唇と魔的な誘惑の虜となり、ナニもかも弾き飛ばすようなパッツンパッツンの肉体と赤るい茶パツを振り翳しての、青唐辛子のように刺激的な筆下ろしをディフェンシブに体感したからこそ、それから30年あまり後、滅多に”微笑まない国”チェコ生活の中で、極タマ〜に小悪魔の微笑みをたたえる男まさりなチェ娘ともガップリ四つに組み合って暫時一つ屋根の下で暮らし、チェコ語の淫語をも駆使しながら、夜な夜なせめぎ合うようなポテンシャルも、お陰様で備わっていたような気がするのです、嗤嗤。

“Anička” by Right Lyttle

2010年、似た者同士のナマケモノを愛おしく感じるような、やたらめったらダラダラしたBali時間の渦中に日常を彩る音楽を求めた時、それはクラシックでもジャズでもキョンキョンでもなく、ガムランの音色やインドネシア語のポップミュージックでした。そんな中、抜群に聴き惚れた一曲が、B.C.L(Bunga Citra Lestari)の唄う《Karena Kucinta Kau: だって愛してるんだもん》でした。

“ベーチェーエル”の愛称で歌姫としても女優としても人気を博す彼女の、芸能界に於ける存在感や立ち位置、あか抜けた雰囲気や曲調、そしてキュートな顔立ちやキャラクターに至るまで、なんとなくあの頃の小泉今日子にそっくりな気がしたからなのかもしれません。

インドネシア語で”チャンプル”とは《ごちゃまぜ》を意味しますが、オムニバスのようなごちゃまぜの我が半生を俯瞰し、回想する時、いかなる回り道やどんな出会いにも、結局、なに一つ無駄は無かったし、やっぱり”あなたに会えてよかった”と思うことばかりのように感じています。が、果たして”あなたが私に・・・よかった?”と問われるならば、いやいや、まだまだ青いパパイヤのようなオっさんです。生涯ペーペーかも。どおもすいません。

“ Dragonfruit” by Right Lyttle



いいなと思ったら応援しよう!