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「絶対に抜けない」モナコで見た伝説――1992年、セナとマンセルの攻防を追い続けて【熱くなったモータースポーツ #2】

1992年のモナコGP。独走していたマンセルが終盤にピットインし、セナとの一騎打ちへ。高校生だった投稿者の記憶に焼きついたのは、抜けそうで抜けないモナコの緊張感と、実況・解説まで含めたF1中継の熱だった。34年見続ける理由になった、忘れられない一戦を振り返ります。

※本記事は、スカパー!ユーザーから「熱くなったモータースポーツ」というテーマで募集したエピソードとなります。改行や事実関係の整理など、編集上必要な修正を除き、原文を尊重して掲載しています。


1992年のモナコGPに匹敵するレースをもう一度見てみたい。ただそれだけの為に、34年間F1を見続けている。

高校2年だった当時、モナコと日本の時差は8時間なので、恐らく23時頃の放送で、多少の寝不足を心地良く感じ、月曜日の授業に臨んだのではないだろうか。
4年連続モナコでの優勝を狙うセナ、開幕6連勝を狙うマンセル、そしてモナコGP50回目の記念レース。数字だけ見ても、興味を唆られる。
順調にポールポジションからトップを守り続け、2位のセナに28秒差をつけて独走するマンセル。カメラは3位争いをするパトレーゼとシューマッハを追っていた。

そんな中、当時31歳だったピットレポーターの川井チャンは、ウィリアムズのピットが慌ててタイヤウォー厶を外し出したことに気づく。いち早く日本のテレビ局、フジテレビだけがその異変を映像で捉える。
そしてレース終盤、突然マンセルがピットイン。直ぐ様タイヤ交換しお尻を振りながらピットを出るも、セナは1.8秒前方にいた。苦悶のフランク・ウィリアムズ。対照的に冷静なロン・デニス。

ピットレポートとスタジオの三宅アナ、今宮純、津川哲夫の言葉が幾度となくぶつかり無線が飛び交う。「左リアタイヤの損傷?」「パンクですか?」「何かと接触した?」「いや、ホイールの破損はまだ確認できていません」「ドライバー判断でピットインした様です」。

そんな中、マンセルは予選タイムに迫る勢いで、ファーステストラップを連発。怒りの猛追でラスト3周でセナの真後ろにつく。
三宅アナからは「これは記憶に残るバトルになるかも知れません」。その合いの手で、「50回記念大会です」と今宮純。そこにカットインして川井チャンから、「ホンダはボタンを押せと言ってます。オーバーテイクボタンです」とリポートが入る。

至る所で追い越しを促すブルーフラッグが振られるも、セナはシケインをドリフト気味にスライドしながら抜けていく。そしてファイナルラップ。視聴者全てが息を飲んだ。

「どこからでもいける」と今宮純が解説した様に、マンセルは車体を左右に振りながら全てのコーナーで隙間を探す。セナはそれに合わせてブロック。「4秒のアドバンテージが無いと抜けない」と言われるモナコではそんな隙間はない。

そして三宅アナからはF1実況史上最高のコメントと自画自賛していた「ここはモナコ、モンテカルロ。絶対に抜けない」が出る。

チェッカーフラッグを受けた直後のセナの車からは白煙が立ち上り、同時にマンセルとルノーのモナコ初勝利の灯が消えた。

モータースポーツが正々堂々、清廉な戦いばかりではないことは承知しているが、表彰台に立てないくらい憔悴しマーシャルに支えらるマンセルを見た時にはF1を追い掛けてきて本当に良かったと思った。

マンセルの目線の先にいるセナを、現地にいる全ての人と同じ思いで、自分も心から讃えていた。
レース中、「この決勝は一生忘れないだろうな。次のカナダGPもそうなら身が持たないな」と要らぬ心配をしたことを思い出す。


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