【ASEAN・インド】Eコマースの浸透で変わる市場ーOMO時代に求められる販売チャネル戦略
アジア新興国市場で圧倒的なシェアを獲得するためには、近代小売(MT)と伝統小売(TT)それぞれの構造を理解し、戦略的な販売チャネルを設計することが不可欠です。前回の記事では、伝統小売がデジタル武装によっていかに進化し続けるかについて解説しました。
↓前回の記事
今回は、伝統小売のデジタル化と並行して市場を大きく変革しつつある「Eコマース(EC)の浸透」と、その未来の姿についてお話しします。
ASEANやインド市場におけるECの成長は、日本企業の想定をはるかに超えるスピードで進んでいます。特にパンデミックを経て消費者の購買行動は不可逆的な変化を遂げました。このデジタルシフトの波をどう捉え、自社の販売チャネル戦略にどう組み込んでいくべきか。今後の市場を見通すための重要な視点を解説します。
パンデミックが加速させたASEAN6におけるEコマースの現状
ASEAN6(シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、インドネシア、フィリピン)では、Eコマースの成長が急速に進んでいます。米Amazonや中AlibabaなどのグローバルECプラットフォームに加えて、Shopee(ショッピー)やLAZADA(ラザダ)、Qoo10、Tokopedia(トコペディア)、Bukalapak(ブカラパック)、Zalora(ザローラ)など、ASEAN地場の巨大ECプラットフォームが次々と台頭しています。 また、ASEAN内でのクロスボーダーコマース(越境EC)も拡大しており、アジア諸国との取引も活発化しています。

Google、Bain & Company、Temasek Holdingsの共同調査によると、2022年のASEAN6のEコマース市場規模は実に17.8兆円に達し、日本のEC市場規模に迫る勢いを見せています。中でもインドネシアが最も大きく8兆円、次いでタイの3兆円と続いており、2025年にはASEAN6全体で29兆円程度の規模に成長しました。
注目すべきは、パンデミック前後での「EC化率」の劇的な変化です。2019年の段階では、最も進んでいたインドネシアで10.1%、フィリピンに至っては2.7%にすぎませんでした。しかし、パンデミック後の2022年には、インドネシアは約3倍の31.0%へ跳ね上がり、タイは19.1%、シンガポールは16.4%、ベトナムは12.3%と、各国とも軒並み2倍から3倍の急成長を遂げました。 パンデミックが明けた現在、成長率自体は落ち着きを取り戻すものの、この高いEC化率は一定の割合で維持され、定着し続けています。
しかし、消費財メーカーが注意すべき点があります。それは、EC化率を「商品カテゴリー別」で見た場合、まだまだ大きな偏りがあるということです。 日本でもEC化率の平均は8.7%ですが、食品カテゴリーに限ればわずか3.8%にとどまり、一方で生活家電やPC関連は38%に達しています。ASEAN6においても同様に、食品や日用品(FMCG)のカテゴリーのEC化率は、家電やアパレルと比較するとまだ低いのが現状です。 全体としてのEC化率の高さだけに目を奪われるのではなく、自社の商品カテゴリーがオンラインでどのように買われているのかを精緻に見極める必要があります。
シェアリングエコノミーが新興国特有の「物流課題」を解決する
日用消費財のEC化率がなかなか爆発的に伸びなかった最大の理由は、「デリバリー(配送)」のインフラ問題にありました。 ECサイトのシステム自体は、VIP(ベトナム、インドネシア、フィリピン)であっても容易に進化します。しかし、「買ったモノをどう消費者の手元に届けるのか」という物理的な壁が立ちはだかっていたのです。
日本のようにヤマト運輸や佐川急便といった、高度で正確な時間指定までできる便利な宅配インフラは存在しません。ECで買ってもすぐには届かないのであれば、「だったら近くの伝統小売やコンビニに買いに行こう」というのが消費者の心理です。 さらに、仮に配達できたとしても、不在時にマンションのコンシェルジュが預かってくれたり、安全な宅配ボックスが完備されていたりする環境ではありません。不在だからと玄関前に荷物を置き配しようものなら、数時間もしない内に盗まれてしまうリスクがあります。そもそも、住所の表記が曖昧で、配達員がたどり着けないような複雑な地域も多々存在します。
このように、デリバリーの未整備が消費財のEC化の足を引っ張ってきました。しかし、次の10年でこの状況は劇的に改善されるでしょう。その切り札となるのが「シェアリングエコノミー」です。 Grab(グラブ)やGojek(ゴジェック)などの配車アプリが急速に浸透し、彼らがECのデリバリーのラストワンマイルを担い始めています。ASEANでの配車は車だけでなくバイクが中心です。渋滞知らずのバイクが人を運び、同時にモノも配達する。これは新興国の交通事情に極めて適した合理的な組み合わせです。

「配送は専門の配送会社が行うもの」という私たちの常識を打ち砕き、シェアリングエコノミーを活用した新たな配送ネットワークが、都市部を中心にEC化率を劇的に引き上げる原動力となります。 また、住宅事情の改善を待たずとも、既存のコンビニエンスストアが荷物の受け取り拠点となり、伝統小売と共存しながらラストワンマイルのハブとして機能する世界が訪れると私は考えています。
O2OからOMOへ──
オフラインとオンラインが「融合」した世界 過去10年、デジタライゼーションの波はASEAN市場を大きく飲み込みました。既存のレガシーな社会インフラが整備されていない新興国だからこそ、最新のデジタル技術が先進国の発展プロセスを飛び越えて一気に広まる「リープフロッグ型」の発展が起きています。固定電話の普及を待たずにスマートフォンが爆発的に普及し、現金主義から一気にキャッシュレス決済が浸透したのがその証拠です。
このような劇的な変化を見ると、「いずれオフラインの流通(実店舗)は淘汰され、全てがECに置き換わるのではないか」と想像しがちです。しかし、それは誤りです。 私たちの存在が物理的(リアル)である限り、オンライン流通がオフライン流通を完全に駆逐することはありません。EC化率がある程度の水準まで到達した後は、双方がシームレスに「共存」していくことになります。
買い手である消費者から見れば、オンラインで買うかオフラインで買うかは、「今、置かれている状況でどちらが便利か」というだけの話にすぎません。今すぐ喉を潤したければ目の前のコンビニや伝統小売で飲み物を買い、週末のパーティーのために1ケースの飲み物が必要なら、家まで運んでくれるECで注文する。消費者は「今はオフラインだ」「今はオンラインだ」と意識して行動しているわけではありません。

かつては、O2O(Online to Offline)やオムニチャネル(あらゆる販売チャネルの統合)が、小売・流通戦略の中心的な考え方でした。しかし現在では、それらをさらに発展させた「OMO(Online Merges with Offline:オンラインとオフラインの融合)」という考え方が重要になっています。
OMOでは、オンラインとオフラインを別々のチャネルとして管理するのではなく、消費者から見れば一つの購買体験として設計します。店舗で商品を知り、SNSで情報を収集し、ECで購入し、店舗で受け取る。あるいは店舗で商品を体験し、その場でライブコマースから購入する。このように、消費者はオンラインとオフラインを意識することなく自由に行き来しています。
特にASEANでは、スマートフォンを起点とした購買行動が急速に定着し、TikTok ShopやShopee Liveなどの動画コマースも急拡大しています。そのため企業は、販売チャネルを個別に最適化するのではなく、消費者視点でオンラインとオフラインを融合させた購買体験を設計することが求められています。
まとめ
変化する市場で勝ち残るために Eコマースの急速な浸透とシェアリングエコノミーによる物流革命は、ASEAN市場の風景を根底から変えつつあります。 しかし、本質は変わりません。それは「消費者が求める商品を、買える価格で、最も便利な方法で提供する」というビジネスの原則です。
伝統小売のデジタル武装やOMOの進展により、市場はより複雑に、そしてより高度に進化しています。日本企業はこの変化を「リスク」ではなく「機会」と捉え、自社の販売チャネルを戦略的に再構築していかなければなりません。市場環境の変化に柔軟に対応し、オンラインとオフラインを高度に融合させた独自の「型」を作り上げることこそが、これからのアジア新興国市場で勝利を掴むための唯一の道なのです。
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