悪魔は三度微笑む(第三夜)
prayer of the butterfly
みんな彼氏と幸せそう
あたしも幸せになりたくて付き合ったのに
幸せになれない
みんなが羨ましい
なんでそんな笑顔なの?
大学で、大学の友達から紹介された彼
初めて出逢った時の印象は、本当に普通の人、と言う感じだった
今までが、ちょっと普通じゃない人とばかり関わっていたから
その、いかにも、大学生らしい平凡な見た目の、同じ年の男の子を好きになるのには時間がかからなかった
初めての彼氏は、何もかもが初めて経験する事で
一緒にいて
すごく楽しくて、嬉しくて
幸せだった
でも…
「付き合い長いね」
「まあね」
本当はただ日々を過ごしているだけ
最近一緒にいて楽しいことなんてなくなった
泣くことも増えた
でも離れられないんだ
みんなに対する見栄とか周りの評判とか
でもそんなのより、さみしいから離れられない
なのに
気持ちは離れていく
だからあたしは気持ちを紛らわすために働く
そうすることで彼氏の存在を忘れられるから
安いお酒を飲んで、へらへら笑いながら
あたしはそんな人達の相手をする
さすがですね!
知らなかったー!
すごーい!
そうなんだー!
大体この四単語を使うと、相手は上機嫌になってくれる
そうして自分の話をし始めたら、うんうんと相槌を打ちながら聞いてるふりをすればいい
なんでこんな仕事をしているんだろう、なんてたまに自問自答するけど
でもそれは、全部あたしのわがままだから
彼から距離を置きたくて
家に居たくなくて
夜の世界に逃げた
真っ暗な街に輝くネオンは
あたしの居場所をくれた
あたしを必要としてくれる人達がいた
今まで家族にも友達にも必要とされなかった私だけど
この世界だけは信じてもいいのかな…?
あたしに逢いに来てくれる人がいるだけで幸せだった
売り上げの為だけじゃない
想われている、必要とされていると思えるだけであたしはいい
不器用な生き方しかできないから
間違ってるっていう人もいるかもしれない
でも
あたしが今生きてる場所は
落ち着けるところは
居場所は…
歌舞伎町しかないから…
そんな時に知り合った彼は、咲(サキ)と言った
子犬のような可愛らしい見た目だけど、喋ると大人っぽく
フェミニンで中性的
女の子って、パッと見たら思うかも…と言うような見た目
嫌いじゃない、見た目
惹かれている、気持ち
仕事の一環として、連絡先を聞いた
咲と…関係性を築く為じゃない
でもそんな言い訳も、咲の顔を見たら吹っ飛んで行った
「仕事、今終わったの…?」
咲がにこにこしながら、あたしを覗き込むように聞いた
「うん
咲は友達と一緒だったのに、大丈夫だった?」
「別れて来たよ
三次会でも、してるんじゃないかな…?」
「そう、なんだ…」
友達と一緒にいたのに…無理させた…?
あたしはバツが悪くなり、俯いた
「…マリと一緒にいたいと思ったから、ここに来たんだ
気にしないで」
そんなあたしの気持ちを察したのか、さりげなく咲が言った
優しい、咲
あたしが誘ったのに
あたしたちは近くにあるバーに入った
カクテルグラスに注がれた、白く甘いお酒
ちょっと飲むだけでアルコールが強いのがわかる
咲は黒いタバコに火を着けて、美味しそうに口から紫煙を吐き出した
身体に酔いが回って、ふわふわとした感覚になってくる
気が緩んで、ふと思った事を、つい、ぽろっと口に出した
「…あたし、もう彼に愛されてないんだあ…」
「愛されてない…?」
「うん
冷めた関係…って言うのかな…」
咲はあたしを見つめたまま、無言になった
あっ…
しまった…
せっかく咲と二人きりになってバーに来たというのに、あたし何話してるんだろう…
考えないようにしようと、していたのに…
そう思った時だった
「愛する人の思い出や、記憶が
夢で見れる薬があるよ」
咲が微笑みながら言った
愛する人の思い出や…記憶の夢…?
「なにそれ…」
「冷めた関係、愛されていない…って言っても、そこに至るまでは、愛し愛されていなければそんな感情にはなれないでしょ?
だから、その頃の彼との思い出や、記憶を夢で見れば
これからの彼との関係性のヒントになるかもしれないよ」
これからの彼との関係性のヒント…
意味は理解したが、そんな薬…
「ファンタジーみたいな話だけど…本当にそんな夢が見れる薬…あるの?」
男は何処からともなく、手に錠剤を取り出した
「ただ、条件がある」
「…飲むとも、まだ言ってないけど」
咲は面食らったように目をまん丸くすると、ふふ、と鼻で笑った
「もし、気になるようだったら、いつでも俺に連絡してきて
その時は
君の身体が交換条件として欲しい」
身体…
電気の付いていない、真っ暗な自宅に帰った
両親はもう寝ている
0時少し前
キッチンの電気を着けると、何かを作った後のフライパンと食べ終わった食器が水に浸かってシンクに置かれていた
冷蔵庫の中には、食材が入っているだけだ
あたしはため息を吐いてキッチンの電気を消すと、自室のある二階へと上がった
布団に潜り、携帯を開いて連絡をする
真理:ねえ、突然だけど明日って暇?
時間ある?
逢いたいな…
そんな文章を彼氏に送って、携帯を閉じた
こんな夜中に起きてるわけない…
いつもは連絡遅いと、2、3日後なんてざらなんだから…
あたしはきつく目を閉じた
翌朝
寝ぼけ眼で携帯を開く
彼氏からの返信はなかった
急に眼の冴えた頭で、アドレスをスクロールして通話ボタンを押す
「はい」
「…逢いたいんだけど…」
待ち合わせ場所に着いたところで、携帯が振動した
開くと彼氏から連絡だった
〇:おはよ~
ごめん、今日は無理だあ
暫く、携帯のディスプレイを眺めていた
無理なら無理で、代替え日とか提案してくれてもいいのに…
そんな事もないんだね…
「お待たせ」
「あ、咲…」
「どうしたの…?
そんなしかめっ面して…」
咲は首を傾げながらあたしの顔を覗き込んできた
「あ、ううん、なんでも…
いこっか!」
咲に連絡して…よかった…
自分から日にちを提案するのも馬鹿らしくなり、あたしはそれきり携帯をカバンに仕舞った
歩きながらあたしは言う
「昨日の薬…頂戴」
「心境の、変化…?」
「別に…
永遠の愛なんてないんだなーって…」
「永遠の愛…?」
「お客さんが、あたしに逢いに来たり、必要としてくれるのは、そこに下心があるからで
その為には、あたしが求めている物や欲しいものを与えてくれる
だから居心地がいいんだ
でもその愛情は、金銭が発生した関係性の愛で…
ビジネスの関係性があるから、それが成り立つだけで
あたしに愛情を注いでくれるお客さんでも、家に帰ってスーツを脱げば、誰かの夫だったり、お父さんなんだ
そうじゃなくても、彼女が出来れば、私の事を忘れていってしまうんだよ
永遠の愛が捧げられるのは、あたし以外の人だから
だからあたしも、自分の家族や彼氏はそうであると…
思っていた
けど…そうじゃなかった」
かと言って
お客さんにビジネス以上の関係を持たれるのは、ウザイ
けど、たまに思うんだ
奥さんや、お子さん、お孫さんの影がふっ、と見えた時
私は
私は一体、誰に愛されているのだろう…って
「現実世界で愛されないなら
せめて
夢の中だけは、愛されたいなって…」
「ふーん…
交渉成立だね」
それきりお互い無言になった
ほんの少し、咲の方が前に進んでいくので、あたしはそれについて行った
咲はどんどん、あたしたちが最初に出逢った繁華街の、さらに裏通りへと続く道に入っていく
そこはホテル街だ
あたしは咲の腕を掴んだ
「あ、あのさあ
身体は無理…
薬だけ貰う
…って言うのは?」
咲は少し真顔になってから
「…いいよ」
と微笑んで言った
咲はまたどこからか白い錠剤を出して、あたしに手渡す
「マリが落ち着けるところで、飲んで」
落ち着ける…ところ…
咲と別れて、あたしは少し早いが店に出勤した
結局、今のあたしの居場所は、ここなんだ…
「お、マリ早いじゃないか!同伴か?」
お店のカウンターでお水をグラスに注いでいると、いつも陽気な店長が話しかけてきた
「ははは、すみません頑張ります」
あたしは水の入ったグラスを持って更衣室に入り、扉を閉める
椅子に座って薬を口に含み、水で流し込んだ
…こんな薬で…
本当に愛する人の思い出や記憶の夢が見れるんだろうか…
と言うか…そもそも愛する人の思い出や記憶って…
一体どんな思い出や記憶なんだろう
でももし、こんなんで
愛する人の記憶や思い出が見れるのなら
もう一度、あの頃のように…
あれ…
なにこれ…
目が、開けていられないほど、眠い…
あたしは急激な眠気に襲われ、そこで意識がなくなった
翌日、あたしはまた咲と逢った
昨日あたしは薬を飲んだ後、数人の女の子に起こされた
「爆睡?」
「酔って寝てるのかと思った」
しらふのあたしを見て、女の子たちは飽きれたように笑いながら言ったんだ
起こされた後、あたしは少し気だるい身体でドレスに着替えて、接客をしたのだが…
「ねえ咲…」
「ん…?」
「あたし、夢…見なかったんだけど」
「え…?
覚えてないだけじゃないの?」
「ううん、そう言うわけでもないと思うけど…眠って、目を開けたらもう現実だった…みたいな」
「そうなんだ…」
「ねえ咲もう一つ、薬頂戴」
「え?
まあ…いいよ」
そう言うとあたしはまた咲から薬を貰った
「落ち着けるところで、また飲んで」
咲がそう言った
「あたし、咲のお家行きたいな…」
あたしは真っ直ぐ咲を見た
咲は少し考えるようなそぶりをしてから、言った
「…マリがいいなら」
繁華街からタクシーに乗って5分もしないうちに、とあるマンションに車が止まった
随分駅近だ
「咲ここに住んでるの…?
一人で?」
周りは閑静な住宅街
玄関はオートロックになっていて二重扉
静かで、もの哀しい雰囲気のするエントランスだった
「まあ…」
咲は一体何をやってる人なんだ…?
でも
そんなことを知ったところで、なんだって言うんだろう
今迄出逢ってきた男の人は、今の彼氏以外
みんな咲みたいなよくわからない人で
彼女がいるのかとか奥さんがいるのかとか、友達がいるのかとかもわからなくて
何をやってるかも知らない、どんな人生を歩んできたのか、どんな過去を歩んできたのかわからない、そんな人達だった
そして
それらの事に、特に興味もなかった
だから聞きもしなかったし、…そう言えば、言ってくる人もいなかったな…
でも、どうでもよかった
だってそういう人は
深く関わる前に、いなくなってしまうから
それでも、その時だけはその人たちと関わっている時間は楽しくもあるんだ
一人じゃないって
人とちゃんと会話をして
あたし、人間らしいことをしているな、って思うから
「どうぞ」
咲の部屋は、よく言うミニマリストと言う人達の部屋みたいな感じで
ワンルームの部屋に、椅子と机しかなかった
その机の周りには、パソコンと観葉植物とデジタル時計
窓には遮光カーテンが付けられている
エントランスの見た目と比較して、部屋は小狭で、単身者向けの部屋って感じだった
あたしは何もないフローリングに足を崩して座り
「お水、くれる…?」
と言うと、咲は無言で立ってキッチンの方に向かって行き、何か物音をさせると、冷えてないけどいい?と聞いてきた
グラスに注がれた水を受け取って、さっき咲から貰った薬を手のひらに乗せて眺める
「夢が見れなかったのに
また薬、飲むの?」
咲が言う
「だって
真実ほど辛いものはないでしょう…?」
あたしは答えた
現実なんて知りたくない事ばかり
だったら
ひと時でも、夢を見させてよ
気が付くと、身体が重苦しい感じがした
あたしの上に人が乗っかっている
それに身体も熱い…
私は目を見開き
「重ったい…!」
と言って、その身体に乗った人を手で払おうと寝返りを打った
その時、気付いた
あたしの上に人なんか乗ってない…
あたしは一瞬、寝相の悪い彼氏が乗っているんだと思ったけど
そんなはず、ないのだ…
だって、ここは咲の自宅なのだから
…金縛り…?
開かれたままの遮光カーテンからは、外の光が入って来て
真っ暗な部屋は物が確認できる程に少し明るい
「大丈夫?
うなされていたけど…」
部屋の隅にある窓際を背に、立膝を付いて座っている咲が言った
いつの間にか身体の重苦しさはなくなったが、だるさと体の火照りは残っている
「大…丈夫…だけど…
身体が…すごくダルい…」
「フローリングに直に寝てしまったからかな…?」
咲がそう言うと、あたしにすっと近づいてきて、あたしの頭を持ち上げると膝枕をしてきた
咲はあたしの頬や頭を優しく撫でて、その後あたしの髪の毛を整える
ああ…
久しぶりに感じた、人の温もり
こんなに、温かくて
落ち着くものだったんだ…
「咲…」
「うん?」
「あたし…
…また、夢を…見なかったの…」
「え?」
「ねえ…どういう事…?
…薬を…飲んだら…愛する人の…思い出や記憶が見れる…んじゃないの?」
「おかしいねえ…
そのはずなんだけど…
マリ以外の人にも…実は何人かにこの薬を渡した事があるんだけど…」
「え」
「その人たちは、愛する人の夢を、しっかり見ていたって言っていたんだよね…」
そうなのか…
じゃあ、あたしだけ…
なんで愛する人の夢が見れないんだろう…
「咲、薬を…もう一回頂戴…」
「…わかった」
その時、持っていた携帯が振動した
携帯画面を見ようとしたが、止めた
けど何となく内容を予測したくて、真っ暗な部屋に光る、デジタル時計を見る
0時過ぎか…
こんな時間にあいつから連絡なんかこないから、最近登録したサイトのメルマガだろう…
あたしはそれきり携帯を無視して、咲から薬を受け取り、手の平から吸うように薬を口に含んで水で流し込んだ
そして薬を飲んだ後、ふと気づいたんだ
「…ねえ咲は…?」
「え?」
「この薬…咲は…飲んだことあるの…?」
「俺はこの薬を飲んでも、夢を見れないから」
「え…どう…いう事?」
あたしがそう言うと、咲は、はは、っと乾いた笑いを漏らした
「…愛してくれる人が、いないから」
あ…
そっか…
そう言う事だったんだ…
なんだ…
やっぱり
「夢を…見ないって事は…
…愛されてないんだ…」
だって
じゃなきゃ…
愛する人の思い出や記憶の夢が…
見れるはずなんでしょ…?
はは…
「でも、おかしいな…
こんな…関係になるまでは…
あたしは…あいつの事…
愛して…いたはずなのにな…」
あたしはいつの間にか、夢も見れないほど冷徹になってしまったというのか…
若しくは…
「誰かに…愛されたかったな…
あたしだけだよって
言って欲しかった…
必要とされたかった…
あたしを見てほしかった
たった一度
もう一度だけ
それだけでよかったのに…」
彼女はそう言うと、目を瞑り、やがて喋らなくなった
握られていた携帯が振動している
画面には誰かのメッセージが時を刻む毎に、重なっていった
〇:マリ、ハピバ!
今度時間ある時教えてよ!誕生お祝いしよう!
〇:あんた今日誕生日でしょ?
家にいるの?家にいるなら起きたら何か誕生日の料理でも作るよ
それともお父さんも今日休みみたいだから、久しぶり家族で出かける?
〇:マリ誕生日おめでとう!
マリと付き合って、もう1年くらいは経つかな?来年も再来年も、マリの誕生日を隣で一緒に祝えていたらいいな
ずっと変わらず、いつまでも好きだよ、大切なマリ
「マリ
君は色々な人に愛されていた
夢の中じゃなく
現実でね
でも
それに気付くのが
ちょっと遅かったね」
それから…
俺は薬を飲んでも夢をみれないわけじゃない
悪魔は、夢を見ないから
薬を飲む意味がないんだ
第四話↓
