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悪魔は三度微笑む(第四夜)前編

mermaid tear


入れられても、全く気持ちよくなんかない

みんな上で気持ちよさそうに腰を振ってるだけよ

私はそんな人達を下から見上げながら、気持ちよさそうに喘ぐ振りをするだけ

そうしたら、ほら、みんな私の上で果てる

ねえ、満足したでしょ?

それだけの快楽の為に、みんな私を利用するんだよ

愛がない

愛がなくても

みんな気持ちよさそうに果てる

別にいいよ

私も愛してないから

左手の薬指に、光るリング

いい女

でも本当は都合のいい女

いい女

でも本当はどうでもいい女

感じない、気持ちよくなんかない

感じない、愛を感じない

濡れない
感じない
気持ちよくなんかないから

感じたい…

愛されたい…

いつか…


初めは、友達に誘われただけ

ホストになんか、興味なかった

そんな時に出逢ったのが悠輝(ハルキ)だった

悠輝は私の疲れた心を癒してくれた

悠輝と逢うと、仕事で荒んだ気持ちが、すっとなくなっていくんだ

そんな

悠輝の笑顔が

笑い声が

手の温もりが

吐息が

身体が

いつの間にか、離れられなくなって

恋しくて愛しくて

でも…

通っても

卸しても

積んでも

悠輝は私のものにはならない

しょうがない、悠輝はそういう仕事だから

仕方ない、悠輝はそういう人だから

いいの、それでも私

幸せだから

だからね、悠輝

私の事を見捨てないでね

嫌いにならないでね

離れていかないでね

愛してくれなくても

他の女性ひとがいてもいいから

ねえ、お願い

ずっと傍に居させて…


帰り道

仕事で鉛のように重たくなった身体を引きずるように、新宿駅まで歩いていた

「あれ…」

疲労で霞んだ眼に、見覚えのある後ろ姿が前を歩いていた

「…あ」

あの歩き方…

髪型…

間違いない

「悠輝…!」

私は悠輝に声をかけた

振り向く、悠輝

「あれ…?」

悠輝じゃない…

髪型も…

歩き方も…

振り向いた顔も…

悠輝なんだけど、悠輝じゃない

悠輝に、すごく似ている人…

悠輝だと思ったのに

「あ、すみません…

知り合いと似ていて…勘違いしちゃいました」

その悠輝に似た人は、私がそう言うと、にこっと笑って会釈した

うわ…

笑った顔も…動作も…悠輝そっくり…

「あの、兄弟いませんか?お兄さんとか弟とか…」

駅に向かっていたその背中に問いかけると、男の人は振り返った

また私と向き合う

「悠輝」

「えっ!」

「僕の顔が、その悠輝って人に似てるの?」

新宿駅近くの地下にある喫茶店

「咲(サキ)って言うの?」

私がそう言うと、悠輝に似たその男の人は頷いた

ブラックコーヒーを啜りながら、黒い紙タバコに火を着けて、煙を吐く

その動作も、悠輝にそっくりだ…

「でもびっくり…こんな、他人の空似なんてないわ!
あなた悠輝のドッペルゲンガー?
悠輝に会わせて見たい!」

そう言うと、咲は笑った

「ドッペルゲンガーを本人が見ると、死んじゃうじゃん」

「あはは、それもそうだね」

咲は、顔や動作だけでなく、話し方も…悠輝と同じで
親近感があり、初対面から喋りやすい人だった

悠輝とすごく、すごく似ていたからかもしれないけど…

でも

悠輝に似てるけど…悠輝じゃない

咲が…

本物の…悠輝だったら…

「はあ…」

無意識にため息が出た

「どうしたの…?」

「悠輝とは、こうしてカフェでお茶飲んだりとか出来ないから…」

「なんで?」

「…彼、ホストなんだ

だから仕事忙しくて…

私とこういう風に気軽にお茶したりとか…そういう時間がないの」

悠輝は忙しいから、デートなんて行けない…
唯一同伴だって、店前だし…
と言うか、勝手に同伴にされている事すらあるし…

「でも、仕方ないんだ…
私がもっと、もっと通わないから
もっと、お金を落とさないから

だから、私みたいな客に、悠輝は割く時間がないの、知ってるから…」

私はそう言って自嘲したけど、同時に胸に何か重たい靄のようなものがかかった感じになり、何故か鼻が急にツンとした

ふふ、と目の前の咲が鼻で笑ったような声が聞こえる

顔をあげると、微笑みながら私を見ていた

「もう、それ以上傷つかない方法を教えてあげるよ」

「え…?」

咲は左の手のひらを差し出してきた
そこには何か、むき出しの白い錠剤を載せている

「この薬を飲むと

彼のお店に行かなくても
お金をかけなくても

君が彼としたい事、望む事、全てが叶うかもしれないよ

夢の中で…ね」

悠輝のお店に行かなくても

お金をかけなくても

夢の中で…?

「つまりその薬を飲んだら、悠輝と恋人に…

ううん、それって、見たい夢を見れるって事…?」

「夢の中の細かい内容までは薬がコントロールできるわけじゃないけど、でもこの薬は愛する人の思い出や記憶が見れる薬なんだ

だから、自分が望めば望んだ内容の夢を見る事も出来るかもしれないね」

愛する人の…思い出や記憶…

「そうすれば…

悲しい思いや苦しい思い、辛い思い…そう言う、傷つく事もなくなるんじゃないかな…?」

そう…なのかな…

「でもそんな薬…いくらするの?高いんでしょう?」

そう私が言うと、咲は笑った

「お金はいらないよ」

「え?」

「その代わり…君の身体が欲しい」

私の…身体…

「身体は…もう少し仲良くなってから…でもいい?」

「…まあ、いいよ、いつでも

取り敢えず契約成立、という事で…先に薬を渡しておくね」

あ、薬はくれるんだ…

私は咲から薬を受け取る

目の前にあった水で、その薬を飲んだ

それから咲とお店を出て駅に向かおうとしたが、立っていられないほどの睡魔に襲われた

…眠い…薬が効いてきたのかも…

電車で帰ったら電車の中で寝ちゃうな…

そう思った私は、駅でタクシーを拾って、自宅に帰ることにした

咲がタクシー乗り場の方面まで送ってくれた

「何かあったら、僕に連絡して」

「うん」

「またね」

「…うん」

咲が手を上げると、目の前でタクシーの扉が開いた

「どうぞー!」

軽快な声でタクシーの運転手が私を見た

タクシーに乗って直ぐに振り返ると、窓の外から咲が小さく手を振っていた

私も思わず手を振り返した

またね…か

「お客さんどちらまで!?」

タクシー運転手の声で、はっと我に返る

「…まで」

タクシーのドアが閉まり、車が発進した

携帯の画面を眺めていると、いつの間にか意識がなくなった

…さん

「お客さん!」

はっ…!

目が覚めると、私はすっかりタクシーで熟睡していたようだった

「着きましたよ!」

「あ、ああ、ありがとうございます…」

私はお金を払ってタクシーを降りた

エントランスを抜け、エレベーターの上階を押し、エレベーターが来るのを待ちながら携帯を開いた

携帯には、悠輝からのメッセージはなかった

悠輝…

さっき見た夢は

夢では

私は…悠輝と一緒にいたはずなのに

悠輝は、私だけの悠輝だったのに

さっき悠輝は私に、愛してるって…言ってくれたのに

あんなに、お互い…求めて求めて…

なのに今…私は…

誰もいない、静かなエントランス

いつまでも来ない、エレベーター

私はどうしょうもなく、孤独だ

悠輝に

悠輝に会いたい…

私は踵を返して、エントランスを抜けて外に出た

大通りに出て、手を上げてタクシーを拾う

「歌舞伎町まで」

悠輝のお店の前に車を横づけすると、タクシーを降りた

「いらっしゃいませー!」

誰の趣味かは知らないけど、相変わらずEDMがうるさい店内

そこに悠輝を見つけた

「悠輝…」

「すいません、悠輝さん来るまでちょっとだけ失礼します!」

悠輝の代わりに、ヘルプの子が付いて、話を盛り上げようとしてくれていた

そんなヘルプを尻目に、私は柱の向こうにいる悠輝を見つめた

今の悠輝は…

現実の悠輝は…

私だけのものじゃない…

悠輝…

ねえ、なんで…

どうして悠輝は、ホストなの…?

気付くと私は携帯で求人を探していた

もっと

もっと悠輝の為に

お金を稼げる仕事をするんだ

悠輝の為に…!

「こういう業界初めて?」

「はい」

「そっか

慣れるまで大変だと思うけど…

慣れると抜け出せなくなるから

目標を決めたほうがいいよ…」

死んだ魚のような眼をして、タバコをふかしている女の子が言った

抜け出せなくなる…ね…

そんな事、言っていた人もいたなあ

彼女と同じ瞳をしているだろう今の私は、彼女と同じようにタバコをふかした

今更…もう私には遅い

もう、抜け出せない

嵌ってる

堕ちているんだ

でもいい

それでもいい

底なし沼でも、蟻地獄でも、奈落の底でも構わない

堕ちる所まで堕ちてしまいたい

これ以上

堕ちる所が、あるとするならば…

身体を売ったお金を、悠輝のお店に、悠輝に、前以上使った

悠輝は笑っていた

嬉しそうだった

私もその笑顔を見て、嬉しかったし

悠輝の順位が上がっていくのが、誇らしくもあった

でも…

通っても

卸しても

積んでも

…堕ちても

悠輝は私のものにはならなかった

しょうがない、悠輝はそういう仕事だから

仕方ない、悠輝はそういう人だから

いいの、それでも私

幸せだから

…って前は思えた

でも…

だって、おかしいよ

他の女の子よりも、私がもっと、もっと、もっと、お金を悠輝に使えば…

悠輝は満足してくれるはずなのに…

私は全然満足できない

悠輝との関係は、私が稼ぐようになっても、稼ぐ前と変わらない
変わってない

なんで…?

私なんか間違ったかな…

それとも

最初から間違ってた…?

だとしたら…

だとしたらどこで…?

どこで私…

間違えちゃったの…?

「っはあ…」

マズイ…

「っはあ…ちょっと…すみません」

息が…

私は小さなポーチを持って、トイレに駆け込んだ

半開きになっていたポーチから大量の薬を取り出すと、プチプチとシートから中身を取り出して口に入れた
手洗い場の蛇口の水を手ですくって飲み、薬を流し込む

落ち着いて…

大丈夫

考えちゃダメ…

何も考えちゃダメ

考えなければ、大丈夫

私は大丈夫…

浅くなりかけていた呼吸が、元の呼吸に戻る

ほら…大丈夫…

冷や汗を拭って、トイレから出て部屋に戻った

「大丈夫…?」

お客さんが心配そうに私の顔を覗き込む

おじさん臭い身体を払うように手で制すると

「…ちょっと帰るね
体調が、悪くなっちゃったから…」

と言った

「え!?本当に?大丈夫?」

私は無言で部屋を出た

「はあ…」

ホテルから出た私はため息を吐いた

もう、疲れたな…

何のために…生きてるんだろう、私

全て

全て夢ならいいのに…

眠って起きたら、こんな…こんな現実は全て夢で…

…夢

「お疲れ様」

誰かが私に声をかけて来る

その声が聞こえた方に視線を向けた

キャメルのチェスターコートに、黒いハイネックニットを着た、悠輝

いや、咲がそこにいた

「…咲」

「久しぶり…」


第四話(後編)↓


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