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悪魔は三度微笑む(第四夜)後編

前回までの話



mermaid tear


歌舞伎町にある喫茶店

届いたドリンクのストローの紙を、小さく蛇腹に折っていく

そこに、水滴を落とした

紙はみるみる伸びていく

薄いのに、肉感的な唇

彫りの深い目元

線の細い身体

うっかりすると、咲をまじまじと見てしまいそうになって、視線を逸らした

久しぶりに会ったけど…本当に…

相変わらず咲は、悠輝に似ている

「…すごい偶然だね

私…

咲に逢いたいなって思ってたんだ」

「そうなんだ」

「うん

夢が見れる薬、あれが欲しくて…」

咲は微笑んで私を見つめた

「いいよ」

咲はいつの間にか、手に持っていた白い錠剤を私に寄こした

その薬を受け取ろうと手を伸ばすと、さらっとして冷たい咲の手が、私の手を包む

得体の知れない緊張と、突然手を握られた衝撃で、私の心臓はどきん、と一瞬心拍を上げた

「でも、身体は貰うよ」

私の身体か…

「私の身体なら、いくらでもいいよ…

毎日仕事で、知らない客相手に身体差し出してるからさ…
咲だったら、交換条件なくてもいいよ」

咲はまた微笑んだ

「…でも、彼らや…僕にとって、君の身体は価値のあるものだ」

「え…」

価値のある…身体…か

身体意外に価値なんかないから、私は身体を売るしかないんだよ…

そう思ったけど、唇に力を入れてその言葉を胸に仕舞った


誰もいない、私の部屋

最上階は月明かりが届くので、電気を付けなくても少し明るい

薄明りの中、私は咲に口づけをする

深く、深く

咲もそれに答えるように、舌を絡ませてくる

求めるほど前のめりになる私の身体を、咲は優しく支えてくれているようだ

「っはあ…」

甘い吐息が漏れた

咲は、小さなため息を吐いたような短い息をはっと吐いて、困ったように笑った

咲は私の腕をおもむろに持つと、ソファの方に歩いてこちらを振り向いた
どうやらソファに座ろうと促しているようだ
落ち着こう、という事だろうか

私はソファに座った
咲も私に倣って隣に座る

「…どうして薬が欲しくなったの?」

咲が聞いてきた

私は答える

「せめて夢で…

悠輝の夢を見ながら

死にたいから」

それを聞いた咲は何を言うでもなく、ただ無言だった

何を考えているのかわからない、感情のない瞳で、私を見ているだけだ

私はさっきコンビニで買った、アルコール度数の高い缶酎ハイを開けて、いつも飲んでいる薬をポーチから取り出し、咲から貰った薬をまとめた

「あれ…」

前は気付かなかったけど咲のこの薬、暗い所で青く光るんだ

…と言うより

月の光に…照らされると青く光ってる…?

「どうしたの…?」

「ううん、なんでも…」

私は薬をお酒で身体に流し込んだ

気付くと、見慣れた天井

「…目が覚めた…?」

そして、聞き覚えのある声が隣から聞こえた

私は声の方を見る

「咲…」

生きてる…

死ねなかった

ダメなのか…

この世にもう、未練なんてないのに…


「偽物でもいいなら、僕をその、悠輝だと思ってよ」

「え…」

偽物…

「それで…

君の傷が癒せるなら

気持ちが落ち着くなら

寂しさが紛れるなら

悠輝で満たされない心を、埋めれるなら…」


射貫くような瞳

蜘蛛に、捕らえられた蝶のように

獣に、仕留められる瞬間のように

身じろぎできなくなる

目が離せなくなる

一歩間違えたら、勘違いで痛い、咲のセリフだけど

私には堪える


「なんて…

気休めになんか、ならないよね…」

気休め…か

「咲はそれでいいの?

もし…もしそれで…私が本気になっちゃったら…咲はどうするの?」

咲は真顔で答える

「恋人になるよ

僕は、ホストじゃないし

君と恋人になれない理由、ないから」


ぱちぱちっと、背筋に電流が走った


私は…悠輝の事が好き…

悠輝と居る時間は、過ごす時は…とても幸せで、何もかもが満たされて…

いたんだ

だけど、悠輝は…

本当は…

悠輝は…


消そうとしていた

考えないようにして来た、記憶


「悠輝彼女いるよ」

「あんたなんかが彼女な訳ないじゃん」

「こないだ悠輝の本カノみたよ」

「そもそも付き合ってる女店に呼ばないっしょ」

「騙されてるんだよ」


「悠輝ね…

私が好きなんじゃなく…

私が稼ぐ、貢ぐ、落とすお金が好きなだけなんだ…」

そんな事…

悠輝と出逢った時から、本当は知っていた

「けど

好きだったから

悠輝が恋しくて、いとしくて…悠輝を愛していたから

ずっと認めたくなかった

悠輝は違うって
悠輝はそうじゃないって…

きっと、最後は…悠輝とって…

だって、認めてしまったら…

可哀そうじゃない、惨めじゃない…私が…」


咲は何も言わず、ただ私を見つめるだけだ


「自分の身体を使って稼いでいたのも…

悠輝の為にしている事だから私の意志じゃない、なんて思って…

…思い込んでいただけなんだ、本当は…

だって

責任を誰かに押し付ければ、自分の気持ちが楽になるから…

自分で自分を慰めていないと、やりきれないから…」

だから…

男にほだされて、本気になって、風俗で働いている…そんな惨めで可愛そうな自分を認めたくなかった…

それでも…

「結局その男に、愛されてなんかいなかったんだけどね」

私はそんなになってまで、何を守りたかったんだろう?

何を…築きたかったんだろう

「バカみたいでしょ、私」

私は、あはは、と笑った

つもりだった

けど、気付いたら涙が零れていた

バカだけど

バカなりに、本気で愛していたんだ


「…人間らしくていいと思うよ」

「…何その言い方…」

私は苦笑したが、咲は真顔で私を一瞥した

「さっき、僕は君にホストじゃないと言ったね

あれ、少し嘘なんだ」

「え…?
どういう事?」

「僕はホストじゃないけど、人間でもない

悪魔なんだ」

「…悪魔?」

そう言うと、咲は頷いた

言っている意味が分からない
頭のおかしいやつばっかりだ、新宿ここ

…私も含めて

「だから

君が僕の恋人になるには

君は悪魔に成らないとなれない」

悪魔に成らないと…って…

「それでも君は

僕の恋人になりたい?」

咲はまたあの眼をしていた

射貫くような瞳

身じろぎできなくなる

目が離せなくなる

「悪魔には…どうやって成るの…?」

そう言うと、咲は手のひらに白い錠剤を出した

「この薬を飲むと、君は悪魔になれる」

その白い錠剤は、月明かりに照らされ、青く光っていた

「…一つ聞くんだけど、仮に悪魔の薬を飲んでその後はどうなるの?
…例えば今私がいるこの世界での、私と言う存在はなくなってしまう…とか…?」

咲は頷いた

そう言う事…

悪魔の薬…か…

「咲、あなた…

最初から、私を悪魔にさせようとしていたんでしょ」

目の前の咲は何も答えず、微笑んだまま無言だった

「咲が薬をくれるたびに言っていた、身体を貰う、身体が欲しいって言葉…

あれ、本当は身体じゃなくて…

人間の命って意味なんでしょ?

だって…おかしいもの…

交換条件として、自分で私の身体と提示してきた時も…身体が欲しいという割には妙にあっさりしていたし

それに咲のその顔は…どう考えても、身体…と言うか肉体に執着するような顔じゃない

仕事で…色々な男の人を見て来たから…わかるんだ」

咲は何も言わない


「答えたくないなら別にいいよ

その悪魔の薬、飲んであげる
望み通り、悪魔になってあげるよ

悪魔がどういうものか、いまいちわかんないけどさ

…死のうと思ってたから

でも…

その代わり、私と契約を結んで」

「契約…?」

「その薬…愛する人の夢や記憶を見せてくれる薬なんでしょ…?」

「そうだよ」

ならば…だったら…

「悠輝が…

私だけの物じゃないなら
私だけのものにならないのなら

せめて…

悠輝の記憶に…
思い出に残る女でいたいと…

そんな女もいたよねと

悠輝の記憶の中で、思い出の中で、私が生きられるならば…

悠輝にも薬を飲ませて欲しい」

人間の顔をした悪魔は、面食らったように目を丸くさせると、目を歪ませて吹き出した

「はっは」

「何がおかしいの…?」

「いや…、ふふ…

君はどうやら、薬を飲まなくても立派な、こっち側の人間だったんだね…」

…そうだよ

人間を悪魔にするのは、悪魔じゃない…

人間なんだ

「まあ、いいよ
わかった

ただ、薬を飲ませても、君の記憶や思い出を彼が夢見るかまではわからないよ

悪魔の薬は、夢の内容までは操作できないからさ

それでもいいなら」

「うん、いいの…ありがとう、咲

契約成立だね」

そう言うと、彼女はいたずらに笑った後、薬を飲んだ

悪魔の薬を

「…いつかね

悠輝に

後悔して欲しいだけなんだ…

こんないい女を選ばなかった自分を

私を捨てた自分を…ね」



彼女の意識はなくなった

「へえ…そう言う事…」

俺は目を細めて口角を上げた


「いらっしゃいませー!!」

EDMの流れるお店

カジュアルだけど、細身の服を着た人が多い
髪型はみな一辺倒に、前髪があって丸みが強いフォルムに無造作なセットをして、白に近い髪色をさせている

ホストのやつって、みんなそんな見た目ばかりなんだろうか

「いらっしゃー…あれ…?」

俺を見て、そのホストはアーモンドアイの瞳を丸くさせて、眉間にしわを寄せると半笑いで言った

「君…と…どこかで会ったこと…あるよね…?」

”彼好みの女”になった悪魔の俺は答える

「初めまして、だと思うよ

悠輝くん」

「え…
なんで僕の名前…?
やっぱどこかで…」

「え?…歌舞伎町走ってるアドトラックで見たんだ
悠輝くんって書いてあって…指名しに来たの」

「え、あ、そうなの…!
ありがとう…取り敢えず年齢確認するんだけど…」

俺は免許証を内勤に見せた

そのまま席に案内される

「いやあ、絶対知り合いだと思ったんだけど…

お店初めてなんだ…

もう知ってると思うけど、僕は悠輝、宜しくね」

悠輝は水割りを作りながら、笑って言った

俺も口角を上げた

「ねえ、悠輝くんは

悪魔の存在って、信じる…?」

「え…?」

氷が、カラン、といい音を立てて鳴った

飲み干された、悠輝のお酒

水割りに溶けた、悪魔の薬



#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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