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悪魔は三度微笑む(第二夜)

love junkie



新宿で出会った彼は、夢を売る仕事をしているらしい

なにそれ

ホストって事でしょ

まあなんとなく歌舞伎町でふらふらしていたし、顔も整っていたからわかってはいたが、自暴自棄になっていた私は普段なら無視するような相手だったけど、なんとなく足を止めたんだ
それに、顔の見た目も…

私は高校を中退して適当に生きていたから、適当に名前を答える

ビルに映っていた、今流行りの芸能人の名前だ

男からお店の名刺をもらい、私はついていった

「midnight bar nightmare」

歌舞伎町のホテル街に入ったところにそのお店はあった

中に入ると意外とうるさくない

あれ?なんかホストクラブって騒がしいイメージがあったのに

席に何人か女性客はいたが、ホストのほうが人数多いんじゃないんかと感じた

さっきの彼が席に着くのかと思ったら、次から次に知らない人が私の席についてテーブルの上には名刺がどんどん溜まっていく

カードゲームでも出来るんじゃないかくらい溜まった頃、さっき外で会話した男が席に座った

そこでやっと名刺をもらう

「サキ?」

「そう、また機会があればよろしく」


なんてことない、白地に楷書体で咲(サキ)と名前が印字してあった

電話番号もアドレスもない

咲という名前だけが彼の情報だった

「連絡先ないじゃん」

「もう少しで上がるんだ…

最初に会った場所で待ち合わせする?」

「別に、いいけど」

下心を見透かされた気がして視線を逸らすと、男は薄く笑った

まあ

下心がなきゃ、お店に行かなかったのも事実なんだけどね

店で飲んだウーロンハイの飲み放題ではたいして酔えなかったが、待ってる時間ってのは少し気持ちがドキドキして身体が浮つく

しばらくすると咲が待ち合わせ場所に現れた

改めてみると、すらりと長い手足に端正な顔立ちで、そこら辺のモデルよりかっこいいんじゃないかと思った
道行く人はその見た目や美貌に結構な人が振り向いている

「何考えてたの?」

開口一番、そんな言葉を咲が言う

「え、別に」

「そっか、お腹すいた?」

「別に」

「そっか」

それだけ言うと咲は歩き出した
私はそれにただついて行く

歌舞伎町のホテル街に進んでいくと、休む?と咲は真っ直ぐ前を向きながら言った

私は恥ずかしさもあって返事をしないでいると、咲は歩幅を小さくして横に並び、私の方に振り向いた

目が合う

そんな咲の眩惑的な雰囲気に吸い寄せられ、私は小さく頷いた

一緒にホテルへチェックインした

カビ臭い、古ぼけた一室

悲しみも

悦びも

何もかもが詰まった、欲望の箱


ベッドに咲が座ると軋んだ音が鳴る

筋張った細い掌でシーツを撫でる

いやらしい手つき

入り口で突っ立っていた私は好奇心と緊張で喉がなった

咲は不敵な笑みをする

緊張した私は、冷蔵庫から取り出した安いビールを飲もうと缶を開けた

ぷしっと虚しい音が響いて、缶から泡が噴き出す

「わっ…!」

着ていた服に泡が飛び散った

なんだ冷えてないのかよ…!
缶ビールにいら立ちをぶつけながら、タオルを探そうとした時だった

咲の手がすっと伸びてきて、私の腕を掴んだかと思うと

瞬く間にベッドへ押し倒された

私の口に、強引に舌を突っ込んでくる

あっ…!

ま、待って…

やめて…!

咲の舌を噛んだ

咲は反射的に身を離す

口から鮮血が垂れていた

「あ…!」

咲は渇いた笑いをもらして血を拭った

「ご…ごめん
いきなりだったから…

その、びっくりしちゃって…!」

咄嗟の言い訳を考えたが、咲はベットの端に座りなおすと、ぼそっと

自分を大切にした方がいいよ

と呟いた

私は拳を握りしめた

爪が食い込む

「…じゃあ、前の人を忘れるには、どうすればいいの…?」

私はベッドに座る咲を見下ろした

視線を逸らしていた咲は、私に目線を合わせる

「…愛する人の夢が見れる薬があるよ」

愛する人の夢が見れる薬…?

「どういう事?」

「君の愛する人の思い出や記憶を夢の中で見せる、そう言う薬だよ

愛する人は人によって違うけれどね
家族だったり、夫婦だったり恋人だったり、大切な友達だったり仲間だったりペットだったり

夢だから、根本的に忘れたい人を忘れられるわけではないけど

愛する人の思い出や記憶を夢の中で見ている間だけでも

その忘れたい人の事も忘れられるのでは?」

なるほど…なんだか明らかに胡散臭そうな薬ではあるけど…

けど

一時でも、一瞬でも忘れられるなら…

まあちょっと試してみるのも、悪くはないかも…

私は好奇心も手伝って、咲から薬を貰ってみようと思った

でも

「それ、飲んで死んだりはしない…?」

咲は一拍、間があった後に

「幸せな夢を見るだけさ、ちゃんと目は覚めるよ」

と言った

ふーん…そうなんだ…

じゃあ…

「ちょっと飲んでみようかな…」

私がそういうと、咲の目が細くなる

「薬をあげる代わりに…」

「え何?」
私は身構えた

「君の身体が欲しい」

一瞬面を食らったが、薬の件もそうだが、彼に興味があったのも事実だ

彼としたら、何か変わるかもしれない…

「…いいよ」

咲が薄く笑う

「契約成立だね」

咲はサイドテーブルにあった缶ビールに白い錠剤を落とした

それを無言で手渡してくる

愛する人か…

「ねえこの薬、愛する人って誰が出てくるとかまで操作できるの?」

「薬が夢の内容までコントロールは出来ないよ」

そうなんだ
じゃあ愛する人でも誰が出るかまでは、夢を見ないとわからないんだね

そんな事を思いながら泡だらけの缶に口をつけた

飲むのに時間がかかるが、飲み進めるたびに酔いが少しずつ回っていくのがわかる

咲の手が、私の頬を優しく撫でた

視界が歪んできて、さらに眠気が襲ってくる

あー…寝ちゃいそ…

そう思うのと、意識がなくなるのは同じくらいだった


私の目の前には、殺したいほど憎くて、大好きだった男がいた

もう、忘れたいのに

なかったことにしたいのに

「やり直したいんだ」

何を今更…

どの口がそんなこと言うんだよ…

散々…今まで散々私の事を邪険に扱って来て…

もう私は、あんたなんか大嫌いなんだ

消えてくれよ

私の記憶から消えてよ…!

お願いだからもう、私に構わないで

関わらないで

自由にさせてよ

解放させて


目が覚めるとホテルには私しかいなかった

サイドテーブルには丁寧に封筒に入ったお金と、その上にホテルのキーが置かれていた

「真面目…」

それにしても最悪な夢を見た
嫌な汗をかいている
全身びっしょりだ

「シャワー浴びよう…」

少し気怠さの残る身体を起こしてバスルームへ向かった

その夜、私は咲のお店へ向かった

「どうしたの?」

咲が笑顔でやってきた

お店に行ってから気付いてしまった事だが、これじゃあ私、咲の事好きな客じゃん、と思ったので、伝えたい事を端的に話して直ぐに出ようと思った

「別に、ホテル代のお金…多かったからそれ返しに来ただけ…

それじゃあ…」

そう言って席を立つと、咲は目を細めて薄く笑った

「…よかった、多めに入れといて

返しに来てくれると思ってたから」

「え」

私は間抜けな声を出した


「そうしたら、また君と逢えるでしょ…?」

射貫くような、白目の幅が多い瞳
薄く笑ったままの口元
綺麗な整った顔
緊張で心拍が上がる

身体を無理やり戻して、勢いよく椅子に座りなおした

「ところで咲さあ!愛する人の思い出や記憶が見れるって夢!
あれ、全っ然嘘じゃん!
どーゆう事なの!?」

私は気恥ずかしさを取り繕うようになれなれしく話しかけた

「どんな夢を見たの?」

「えっ…

…前の…忘れられない人が出てきた…」

咲は顎を撫でながら目を細めた

「うーん

その、忘れたいという思いが強いからなんじゃないかな」

「え…どういう事?」

「…忘れたい人の方が、愛する人達よりまだ思いが強いからって事かな?」

そんな…

「じゃあ咲、もっと薬を頂戴

私、前の人との記憶や思い出を消し去りたいの」

一瞬でも、一時でも

この苦しみから
トラウマから

「まあ、全然いい、けど…」

また私たちは歌舞伎町のホテルに入った

ホテルに入る前、咲がコンビニで水やお酒を買い込んでいた

「今度はぬるくない奴だよ」

咲はビールを持ちながら言った

「あははっ」

私は笑った

「はい、どうぞ」

例の薬を入れたお酒を咲は私に差し出した

「その代わりに身体は貰うけど、いい?」

「…どうぞ」

「契約成立だね」

「ねえその契約成立って言うの、昨日も言ってたけど何なの?口癖?」

「わからない」

「何それ、変なの!

…まあ、別に?

その薬…と言うか交換条件がなくても

私はしてもいいんだよ…?

咲とだったら…」

少し上目遣いで咲を見つめた

「忘れられない人がいるのに…?」

咲は私を見て、薄く笑った

意地悪な表情

そうかもしれない、でも今は愛してない、好きでもない忘れたい嫌いな人だ


「はあ…」

私は無意識に小さなため息を吐いた

「君は俺の見た目、好み?」

「え?見た目…?」

まあ確かに見た目は…最初に話しかけられた時から正直言って、結構タイプな見た目だった
けど…

「まあ、見た目は正直すごくタイプ

でも、今は咲の見た目だけじゃなくて、咲が

咲自身が好みかな」

言い終わった後は何故かドキドキしてきて、なんか告白したみたいじゃない?と思ったけど、咲は、そうか、と何となく素っ気ない言い方だった

ベットに二人並んで腰かける

私は缶を咲から受け取って飲んだ

「しっかり冷えてるね」
と、私が言うと咲は、ふん、と鼻で笑った

そうして飲み進めていると、お酒なのか、薬なのか、眠気がやってきた

「咲…」

私はうつろな気分で咲に話しかけた

「何?」

「私が次に目覚めても、いなくなったりしないでね」

咲の表情は、もう視界がぼんやりしてしまって読み取れない

私は手探りで咲の手を探すと、ぎゅっと握りしめた

「咲の手を握っていれば、もう嫌いな人は出てこないと…思う…の」


キン…とジッポを軽快に鳴らし、俺はタバコに火をつけて煙を吐く

「…彼を想う気持ちがある限り、君の中の彼は消えないと思うけどね」

彼女からの返答はもうなかった


目が覚めると、異様な身体の重さと発汗に不快な気分になった
身体が思うように動かない

「重い…熱い…」

それに呼吸も苦しい
ずっと、浅くしか息が吸えてない気がするんだ

「なに、これ…」

どうしちゃったの私…

「大丈夫…?」

聞き覚えのある声にはっとして、声の方に目線を向けた

「咲…」

咲はベッドの端に座って、こちらの様子を覗き込んでいた

いなくならないで、ずっといてくれたんだ…
手は、繋いだまま…

なのに…

「咲…

また…夢に…忘れたい人が…嫌いな人が出たよ…」

「彼を思う気持ちがある限り、君の中の彼は消えないという事だよ」

「え、どう…いう事…?」

「忘れたい思いは未練であって

未練は、愛する人に出る感情だから

それが憎しみでもね」

憎しみでも、彼を思う気持ちがある限り、消えない…

そんな…

「じゃあ…私は一体…どうしたらいいの…?

ずっと…あの彼の…憎しみや苦しみに…囚われて生きていく…という事なの…?」

「愛は、憎しみじゃ消えないよ

愛は愛でなきゃ癒せないから」

愛は愛…?
冗談!

「もう…愛していない人を、憎い人を…愛すなんて…無理だよ…!」
あんな奴…

感情が高ぶる

「憎しみは憎しみでは消えない

憎しみはただ、許すしかないんだよ

自分も、相手も」

「え…」

「そうする事で憎しみから解放される
自由になるんだよ」

相手も自分も…許す…

そんな簡単に出来たら、苦労しない

一度は、深く愛した人だから…

愛が深ければ深いほど、憎しみも深い


「もう一つ方法はあるよ…」

咲が含みを持たせた言い方をした

「な、何…?」

「好きな人を見つける事」

「好きな…人…」

「好きな人に夢中になれば、自ずと前の人の事なんて忘れていってしまうものだから」

好きな人か…

私は咲を見つめた

「咲を…好きになったら…前の人の事…忘れられるのかな…」

咲は流していた目をこちらに焦点を合わせ、じっと見返した

「試してみるかい…?」


私は咲からまた昨日の薬を貰った

「それにしても…その薬…不思議だけど…素敵な薬だね

そんな…愛する人の夢を…見せてくれるなんて…

どこから…仕入れているの…?」

「自分で作るんだよ」

「自分で…へぇ…すごいね…咲…」

こんなにかっこよくて、頭もいいなんて咲は素敵な人だ…

ぷしっと缶を開ける音が隣から聞こえ、咲は白い錠剤をその中に入れた

咲が缶を渡しながら言う

「その代わり、身体は貰うよ」

「うん…

契約成立…だね」

私は笑ったつもりだったけど、何故か涙が溢れてきそうになった

あっ…

缶を受け取り飲もうとしたが、鈍い音がして、缶が地面に落ちる


「咲…ごめん…なんか…全然身体に力が入らなくて…」

咲は肩を軽くすくめると、缶を拾ってサイドテーブルに置いた

咲はどこからかまた出した新しい錠剤を手に持ち、冷蔵庫からペットボトルの水を出すとそこに入れた

そして何処にあったのか、ストローをさして渡してきた

私はそれを飲む

「咲…」

何となく、本当に何となくなんだけど

私はもう咲と会えない気がしたんだ

だから…


「最期にね…伝えたい事があるの…」

「何?」

「この薬、本当は夢を見せる薬じゃないでしょ…?」


「そうだね…

その薬は

君たち人間に悪魔を宿すものだから」

眠ってしまった彼女の顔には、涙の跡
俺の言葉は届かない



第三話↓

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