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ふらりと神社へ行ってみた。#16 阿蘇神社。新緑の初夏!神話の源流への旅【その5】 勇壮な神社が震災から復興していました。

「ふらりと神社へ行ってみた」の第16回は阿蘇神社あそじんじゃです。佐賀から熊本を経て宮崎の高千穂へ向かう「新緑の初夏!神話の源流への旅」、塩田津の街並みを散策してから祐徳稲荷神社に参拝し、道の駅しろいしで昼食を食べました。( 前回の記事 ) 第5回の今回は、佐賀県から熊本県に移動して、「阿蘇神社」に参拝し、阿蘇山の「草千里」を通って、「白水温泉 竹の倉山荘」に宿泊するまでです。
(撮影:2026年5月14・15日)

阿蘇神社は熊本県阿蘇市にある神社で、伝承では紀元前の孝霊天皇9年の創建と言われていて、2,000年以上の歴史を誇る名社、全国に約500社ある「阿蘇神社」の総本社です。御際神は主祭神の健磐龍命たけいわたつのみことを含む阿蘇十二明神あそじゅうにみょうじんと呼ばれる12柱の家族神で、三つの神殿に規則性を持って祀られています。社格は肥後国一宮、延喜式神名帳の式内社(名神大社)で、近代社格制度の旧社格は官幣大社で、現在は別表神社です。


阿蘇神社到着

阿蘇神社の楼門

12時半頃ランチを食べて、2時間半ほどのドライブで阿蘇神社に到着です。駐車場から立派な楼門が見えますが、平成28年(2016年)4月に発生した最大震度7(阿蘇神社近辺では6弱)の熊本地震によって楼門や拝殿が全壊するという大きな被害を受けて、8年後の令和6年(2024年)の年末にようやく全ての災害復旧事業が終了したところです。

2016年4月の熊本地震で被災した阿蘇神社全景。()内は造営年 (清水建設HPより)
https://www.shimz.co.jp/topics/construction/item30/

被災時の写真を見ると楼門と拝殿がグシャリと潰れるように倒壊しています。三つの神殿は倒壊こそ免れていますが、神殿全体が傾き、壁が大きく剥がれ落ちたほか、屋根や柱などの骨組み、土台が激しく歪む損壊でした。2つの重要な門(神幸門・還御門)も、激しい揺れによって部分的に破損・大破しています。被災後、国の補助や全国からの莫大な義援金により、元の部材を7割再利用して最新の耐震化を施す「伝統×現代技術」の大復旧プロジェクトが約8年半にわたり進められました。再建された阿蘇神社に参拝です。

参道

南鳥居

普通の神社の参道は鳥居から社殿に向かってまっすぐに道が伸びていますが、阿蘇神社の参道は楼門や社殿に対して参道が横向きに伸びている「横参道」です。写真の奥には小さく北鳥居が写っています。参拝者用の大きな駐車場はこの参道の中央右手にあって、中央左手に楼門があります。駐車場から楼門、拝殿は一直線ですが、鳥居をくぐって拝殿に向かう場合は楼門のところで直角に曲がることになります。

南門守社
北門守社

横参道の南鳥居側に南門守社みなみかどもりしゃ、北鳥居側に北門守社きたかどもりしゃがあります。どちらも御際神が豊磐門戸神とよいわまどのかみ櫛磐門戸神くしいわまどのかみという門を守護する神です。阿蘇神社には境内社が三社ありますが、その内の二社がこれらの門守社です。南北の入り口にこの二柱の神様を据えることで、悪いもの(けがれやわざわい)が参道を通って神聖な境内へと侵入してくるのを防ぐという発想のようです。

横参道に並ぶ三つの門
手水舎

横参道の中央に大きな楼門がありその左右にも門があります。奥の門が神幸門みゆきもんで手前の門が還御門かんぎょもん、ともに江戸時代後期(嘉永元年・1848年)に熊本藩の寄進によって建てられた、国の重要文化財に指定されている歴史的な門です。楼門を挟む二つの門は、普段は閉ざされていて、年に一度の重要な神事である御田植神幸式おたうえしんこうしき(通称:御田祭おんだまつり)の時にだけ開かれる「神様の専用通路」です。神輿みこしや神職などの行列が出発する時に神幸門が開かれ、戻ってくる時に還御門が開かれます。中央の楼門の前に「手水舎」があるのですが、普通の手水舎とは違って、流れてくるお水が、阿蘇の大地に染み込んだ雨水が何十年もの歳月をかけて濾過された「天然の湧き水(阿蘇の伏流水)」です。「飲めば不老長寿のご利益がある」と言われる湧水で、勢いよく水が流れています

参拝

楼門 参道側から
楼門 境内側から

阿蘇神社の楼門は、高さ18メートルを誇る九州最大級の木造二重門で、茨城県の鹿島神宮、福岡県の筥崎宮とともに日本三大楼門にほんさんだいろうもんの一つに数えられる立派な門です。江戸時代後期、熊本藩の寄進によって、名工たちの手で約15年の歳月をかけて完成された門は、上層(2階部分)だけでなく、下層(1階部分)にも屋根が載る「二重門」の構造をしていて、その重厚感は圧倒的です。再建に当たっては。重要文化財としての価値を守るため、バラバラになった部材を一つひとつ丁寧に回収・ナンバリングし、使える木材はそのまま修復して元の位置へと戻されています。

楼門から望む拝殿
綺麗な拝殿

拝殿は、屋根の長い面が正面を向く「平入」という開放的な造りをしていて、参拝者を大らかに迎え入れる堂々とした佇まいですが、楼門から見える姿は、こぢんまりとした建物に見えます。まずは参拝です。

再建された阿蘇神社拝殿 (阿蘇市フリー画像・動画ダウンロードより)

阿蘇神社の本殿は三つの神殿で、左右にある一の神殿、二の神殿は横幅高さ共に12mを超える大型神殿で、拝殿もそれに負けず劣らずの巨大拝殿です。左右に伸びる翼廊よくろう(渡り廊下のような建物)などの接続部分を含めた全体の床面積が約530㎡(約160坪弱)と、非常に広々としています。楼門との距離が近くて、正面から翼廊も含めた拝殿全体を撮影することはできませんでした。阿蘇市が拝殿再建を終えたときの写真を提供していますが、拝殿の大きさが良く分かります。

三つの神殿

二の神殿(右)と三の神殿(奥)
三つの神殿 裏手から望む

阿蘇神社の本殿は三つの神殿で、現在は拝殿の奥ですから、全貌を見ることはできません。拝殿の翼廊からのぞき見ると、二つの神殿を見ることはできますが、三つの神殿を視野に収めることはできません。神殿を囲む塀に沿って裏手に回ると、神殿の上の方だけですが、三つの神殿を一度に見ることができます。一番左が二の神殿、真ん中(少し奥に見える)が一の神殿で、右が三の神殿です。

阿蘇神社神殿 拝殿再建前 (阿蘇市フリー画像・動画ダウンロードより)

熊本地震からの復興の折りに、拝殿が取り払われて、三つの神殿が一望できる機会があったようです。阿蘇市が提供している写真では、三つの神殿を正面から見ることができます。重厚な大きな一の神殿(左)・二の神殿(右)の間の奥に小ぶりな三の神殿が見えます。いずれも国の重要文化財です。

左手の神殿が一の神殿で、主祭神と男神の座です。一宮の健磐龍命たけいわたつのみこと(主祭神。神武天皇の孫で、阿蘇を開拓した神)、三宮の國龍神くにたつのかみ(神武天皇の子)、五宮の彦御子神ひこみこのかみ(主祭神の孫。阿蘇大宮司家へと繋がる神)、七宮の新彦神にいひこのかみ(三宮の子)、九宮の若彦神わかひこのかみ(七宮の子)が祀られています。右手の神殿が二の神殿で、妃神と女神の座です。二宮の阿蘇都比咩命あそつひめのみこと(主祭神の妃)、四宮の比咩御子神ひめみこのかみ(三宮の妃)、六宮の若比咩神わかひめのかみ(五宮の妃)、八宮の新比咩神にいひめのかみ(七宮の妃)、十宮の弥比咩神やひめのかみ(九宮の妃)が祀られています。真ん中の小ぶりの神殿が三の神殿で、子孫の神と全国の諸神の座です。十一宮の速瓶玉神はやみかたまのみこと(主祭神の子で初代阿蘇国造)、十二宮の金凝神かなこりのかみ(主祭神の叔父で皇統に繋がる神=綏靖天皇すいぜいてんのう)と全国式内社祭神 3,132座(日本全国の格式高い神々を合祀)が祀られています。

建物は大きいので、それなりに境内も広いのですが、広大というわけではありません。周辺の写真を撮りながらでも30分ほどで参拝を済ませることができました。今日の宿に向かうことにします。

草千里

阿蘇の牧場
草を食む牛

阿蘇神社は阿蘇山の北側で、今日の宿は阿蘇山の南側にあります。阿蘇山をぐるりと回る幹線道路を通るとドライブの時間を短くできるのですが、せっかくの雄大な阿蘇の景色を堪能できません。「草千里」を通り抜けて宿に向かいます。阿蘇山の周辺は、世界最大級のカルデラや広大な大草原(外輪山)を活かした、日本を代表する一大「酪農・畜産地帯」で、西原村の阿蘇ミルク牧場、阿蘇市のエル・パティオ牧場、竹田市のガンジー牧場など有名な牧場が点在しています。阿蘇の草原は、古くから続く「野焼き」や「放牧」といった人間の営みによって維持されていて、緑の絨毯のような草原に牛や馬がのんびりと放牧されている景色を楽しむことができます。

草千里
草千里を散策する人々
阿蘇山の火口

草千里ヶ浜くさせんりがはま」、通称:草千里は、阿蘇山の山上(カルデラの中央部)に広がる、直径約1㎞の広大な大草原です。約3万年前の火山活動によってできた「二重の火口(クレーター)の跡」ですが、なだらかな草原になっていて、眩しいほど鮮やかに一面の緑が広がっています。平日にも関わらず、アリのように小さく見える観光客が中岳(火口)の見える方向へとわらわらと散策しています。草千里の奥に見える火口の見学はできない状態なので、火口をより近く見ようとしているのでしょうか。5月なのに入道雲が発生していて、夕立が来そうな空模様です。しばし雄大な景色を楽しんで、宿に向かいます。(噴火警戒レベルは高くないのですが、2026年1月に中岳第一火口内で発生した観光遊覧ヘリコプターの事故に伴う捜索や機体の回収作業等の影響で、火口見学が臨時規制されています。)

白水温泉 竹の倉山荘

竹の倉山荘の管理等(翌朝撮影)

草千里などで景色を楽しみながら、1時間ほどの阿蘇山南北横断ドライブで今夜の宿「白水温泉 竹の倉山荘」に到着です。草千里を過ぎた後で夕立に降られ、まだ雷が鳴っています。2025年5月1日にリニューアルオープンして1年ほどの真新しい管理棟でチェックインです。

宿泊棟をつなぐ渡り廊下(翌朝撮影)
部屋の露天風呂(夕立の雨間)

三つの平屋建て宿泊棟が渡り廊下でつながれている構造で、宿泊する部屋は本館のコンパクトな八畳和室タイプです。全ての部屋に源泉掛け流しの露天風呂が付いていて、私たちの部屋には岩風呂風の屋根付き露天風呂があります。泉質はナトリウム-炭酸水素塩泉(旧称:純重曹温泉)、とろみのある非常に柔らかいお湯で、クレンジング効果や皮膚を滑らかにする作用がある「美肌の湯」「美人の湯」です。

リニューアルされた食堂
オシャレな夕食 前半
オシャレな夕食 後半

先ずは部屋の露天風呂で汗を流して、リニューアルされた食堂で夕食です。宿の運営オーナーが代わって、本館などの和室宿泊棟とはガラリとイメージの違うオープンキッチンのレストランで食事です。ほの暗い照明が良い雰囲気です(暗い照明は撮影の敵です)。和も取り入れた創作フレンチのコースです。リニューアルから1年たってもまだ慣れていない風情の昔から(?)の洋装仲居さんが、料理を運んできて説明してくれます。微笑ましいのですが、危なっかしい(一度、盛り付けを崩してしまい、作り直していました)感じです。それはさておき、大変美味しいコース料理を堪能できました。

朝の和定食

食後、一休みして部屋の露天風呂に入り、就寝前に風呂に入り、ゆったりとして就寝です。明け方に、掛け流しの湯量を調節して温度を上げてから風呂に入り、夜明けとともに散策に出かけます。散策の汗を風呂で流して、メインレストランでフレンチっぽい和定食の朝食です。都合5回、美肌の湯を堪能しました。とっても美味しい朝定食を食べて、チェックアウトです。

今回は3日目(観光2日目)のランチを食べた後、宿泊までです。ランチを食べた「道の駅しろいし」から震災から復興した「阿蘇神社」雄大な阿蘇の「草千里」を挟んで、「白水温泉竹の倉山荘」まで、150㎞ほどのドライブでした。雄大な阿蘇の神社と景色を楽しみながら、二日続きの美肌の湯で大変満足な観光2日目を終えました。次回は、観光3日目で宮崎の高千穂方面に向かいます。

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