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ふらりと神社へ行ってみた。#18 天岩戸神社 新緑の初夏!神話の源流への旅【その7】 神々が集ったと言われる天安河原はヒンヤリとしていました。

「ふらりと神社へ行ってみた」の第18回は天岩戸神社あまのいわとじんじゃです。佐賀から熊本を経て宮崎の高千穂へ向かう「新緑の初夏!神話の源流への旅」、前回は、南阿蘇の水源を巡り、上色見熊野座神社二参拝しました。( 前回の記事 ) 第7回の今回は、神話の源流の高千穂地方の神社、天岩戸神社に参拝します。(撮影:2026年5月15日)

天岩戸神社は宮崎県西臼杵郡高千穂町にある神社で、岩戸川を挟んで「東本宮」「西本宮」があり、昭和45年(1970年)に合併して一社化した神社です。合併前は独立した神社で、西本宮が天岩戸神社(明治4年までは天磐戸神社あまのいわとじんじゃ)、東本宮が氏神社(明治4年までは氏社/天磐戸大神宮あまのいわとだいじんぐう)と呼ばれていました。西本宮の御際神は大日孁尊おおひるめのみこと天照大神あまてらすおおみかみの別名)で、御旅所には配祀神である天鈿女命あめのうずめのみこと手力男命たぢからおのみこと大年神おおとしのかみ素盞嗚尊すさのおのみこと日子穗穗手見命ひこほほでみのみこと豊玉毘売命とよたまひめのみこと菅原道真公すがわらのみちざねこうの7柱を祀っています。東本宮の御際神は天照皇大神あまてらすすめおおみかみ(天照大神の別名で皇祖神であることを示す名)です。旧社格はどちらも村社で、一社化した現在は神社本庁の別表神社です。


先ずはランチ

手力男命戸取像

雄大な阿蘇5岳を眺めた「月回り公園」から45分程で天岩戸神社西本宮の参拝者駐車場に到着です。小さな駐車場で、空いていたのは1台分だけでした。駐車場の横では、天照大御神あまてらすおおみかみが隠れた岩戸を怪力でこじ開け放り投げようとする力強い姿を表した彫像、手力男命戸取像たぢからおのみことととりぞうが出迎えてくれます。すぐに西本宮に行けるのですが、門前町に戻って、先ずはランチです。

咲耶(SAKUYA)弐の丸
高千穂牛の冷たいうどん

天岩戸神社の門前町は、祐徳稲荷神社の門前町とは違って、平日の昼間でも何軒もの食べ物屋があって、お土産物屋や公的休憩所も機能しています。西本宮近くにある、落ち着いた和モダンな店で、ご当地グルメも楽しめる「咲耶(SAKUYA)弐の丸」に入ります。せっかくですから、ご当地グルメの高千穂牛を載せた冷たいうどんを美味しくいただきました。腹ごしらえを済ませて、「西本宮」から参拝です。

天岩戸神社 西本宮

天岩戸神社 案内図
一の鳥居
二の鳥居

駐車場横の「一の鳥居」からまっすぐ西の方(正確には西北西)へ平らな参道が続いています。平坦で歩きやすい参道です。「二の鳥居」までの間に、駐車場脇にある手力男命戸取像やさざれ石、芭蕉句碑、徴古館、社務所などが並んでいます。国歌の『君が代』に歌われている「さざれ石」は私の生まれ故郷ではそれほど珍しくなかったので、一瞥して撮影しなかったのですが、岐阜県揖斐郡揖斐川町(旧春日村:実家のすぐ近く)の山中にあったもののようです。二の鳥居の右手に、30分毎に行われる「天岩戸案内」の集合場所があります。

手水舎
御神木

二の鳥居をくぐると「手水舎」があります。特に意匠を凝らした手水舎ではなく、自然石のシンプルな水盤を水が流れています。コロナ禍の頃には、柄杓を使わない方式になっていましたが、今は普通の柄杓で清める形式です。さらに進むと、社殿を囲む塀があり、玉垣しに御神木招霊おがたまの木」が見えます。天鈿女命あめのうずめのみことが岩戸の前で舞った際に手に持っていたとされる植物で、秋になると神楽鈴かぐらすず」の原型になったと言われる独特な形をした丸い赤い実をつけるそうです。

拝殿に向かう神門
門から見える拝殿
天岩戸を向いた拝殿

西本宮は阿蘇神社と同様に「横参道」の形式で、参道を進むと右手に拝殿などを囲む玉垣があり、神門で直角に曲がって拝殿に向かうことになります。西本宮は、岩戸川の渓谷を挟んだ対岸の断崖中腹にある、天照大御神がお隠れになったとされる岩窟(洞窟)である天岩戸あまのいわとそのものを御神体として祀っているため、社殿には御神体を収めるための「本殿」がなく、拝殿のみが構えられています。文政4年(1821年)に延岡藩主の援助で社殿を再建したという記録が残っており、この時、現在につながる社殿が建てられてようです。神門も拝殿も立派な建物ですが、一社統合に併せて大規模改修工事が行われ、昭和61年(1983年)に竣工した新しい建物です。参拝を済ませると、「天岩戸案内」にちょうど良い時間ですので、二の鳥居の方に戻ります。

天岩戸遙拝の起点

拝観料無料の「天岩戸案内」は予約も受付も不要で、指定の集合場所で待っていて、時間になると、神職の方がハンディスピーカーを持って現れます。この時の参加者は20名ほどでした。二の鳥居から拝殿に向かって解説を聞きながら進みます。天岩戸遙拝所は拝殿の裏側で、写真奥の拝殿右手から入り、左手の方に戻ってきます。

天岩戸遙拝所入口

天岩戸遙拝所入口には大麻おおぬさ(白木の棒やさかき紙垂しでや麻の繊維を付けたもの)が置いてあって、神職の方が大麻を左右左と振って全員の衣服や心身の穢れを落とし、祓い清めます(修祓しゅばつ)。天岩戸遙拝所への入口の鍵を外して、先へ進みます。ここから先は写真撮影、動画撮影、録音はできません。拝殿の裏手の方へ進むと遙拝所があります。岩戸川の対岸、断崖の中腹に位置する巨大な天然の岩窟(洞窟)が天照大御神あまてらすおおみかみが弟の須佐之男命すさのをのみことの悪行に怒ってお隠れになった天岩戸と言われています。いわゆる洞穴のような空洞の穴があるわけではなく、岸壁のへこみのような見た目です。昭和年代に九州地区を襲った台風の激しい大雨によって天井部分と壁面の一部が崩れ落ちたということです。縦横訳18m、奥行きは約9mのへこみを崩落した大きな岩が塞ぐように覆っています。入口には大きなしめ縄が張られています。岩窟の周囲は木々が青々と茂っています。遙拝所で参拝して、出口に向かいます。

天岩戸遙拝所出口付近にある神楽殿
神楽殿の舞台

天岩戸遙拝所から拝殿の左手に出てくると「神楽殿」があり、その手前には天岩戸案内を受けた方へのお気持ち入れが置いてあります。お気持ちを入れた人は我々を含めて2組だけでした。神楽殿は、昭和60年(1985年)から着手された「西本宮の御神営事業(境内の一斉大改修工事)」の一環として、隣接する拝殿などと同時に新築・整備され、翌昭和61年春に竣工した建物です。国の重要無形民俗文化財に指定されている「高千穂の夜神楽よかぐら」の流れを汲む、伝統的な「天岩戸神楽(岩戸神楽)」が奉納される専用の舞台があります。神楽殿は、建物そのものが拝殿から約500m上流に位置する聖地「天安河原あまのやすかわら」の方向を仰ぎ見る構造として設計されていて、天安河原の遙拝所の役割も果たしています。

天安河原

太鼓橋
土呂久川

拝殿から参道に戻り、二の鳥居や一の鳥居とは反対方向の裏参道に進むと天安河原あまのやすかわらに向かうことができます。裏参道鳥居から県道に出てしばらく進むと折戸川に降りていく小径があり、新緑が溢れ、せせらぎの音がさわやかな折戸川の川縁を進み、支流の土呂久川にかかる太鼓橋を渡って、少し進むと「天安河原」が見えてきます。

天安河原の全景
天安河原の拝殿

天照大御神あまてらすおおみかみが天岩戸に隠れて世界が暗闇に包まれた際、困り果てた八百万やおろずの神々が集まり、どうやって天照大御神を外に出すかを相談した(神議を行った)場所が天安河原です。神議では、思兼神おもいかねのかみという知恵の神を中心に、「天鈿女命あめのうずめに踊らせる」「鶏を鳴かせる」といった作戦が練られ、実行へと移されました。天安河原の本体は、岩戸川の清流沿いにぽっかりと開いた仰慕ヶ窟ぎょうぼがいわやと呼ばれる巨大な洞窟です。洞窟の規模は、間口約30m、奥行き約25mにも及びます。洞窟の内部には、思兼神をはじめとする八百万の神々を祀る小さなお社(鳥居と祠)がひっそりと佇んでいます。

積み石と鳥居
無数の積み石

洞窟の内部やその周辺の河原一帯には、参拝者が願い事を込めて積んでいった無数の「石積み」が広がっています。もともとは「願いを込めながら石を積むと願いが叶う」という民俗的な信仰(願掛け)から始まったものですが、現在では天安河原を象徴する景観です。石積みの間を縫うように走る小径を進んで洞窟内に入ると、空気が張り詰めているように感じます。洞窟内の温度の低さと湿度の高さからか、ヒンヤリとしています。人によっては空気感に神気を感じる人もいるかもしれません。同時に、小径の両側に広がる積み石は洞窟の入口から差し込む光に照らされているだけで、ほのかな光に照らされた無数の不規則に積まれた石積みが広がる風景は、少し怖い、おどろおどろしさも感じさせます。

天安河原の参拝を終えて、折り戸川沿いの小径、西本宮の参道を戻り、門前町を通って東本宮に向かいます。

東本宮

東本宮への道

折戸川を挟んで西本宮と反対側に東本宮があります。車で行くほどの距離ではありませんから、歩いて行きます。西本宮の駐車場から10分もかからない道のりです。折戸川にかかる天野岩戸橋には歩道もあり、そこから新緑に包まれる折戸川の清流を見下ろすことができます。

一の鳥居と二の鳥居
三の鳥居
天鈿女命像

西本宮の参道は平坦な砂利道ですが、東本宮の参道は階段です。一段ずつの高さがやや不規則な自然石の階段が続いています。「一の鳥居」の奥すぐに「二の鳥居」があり、さらに進むと「三の鳥居」が見えてきます。参道の途中には天岩戸神楽29番鈿女うずめ天鈿女命あまのうずめのみことが身振り面白く天照大御神を誘い出させる舞)の像があります。西本宮の手力男命戸取像とは対照的な像です。西本宮と比較すると参拝客は少なく、静かです。緑豊かな鎮守の森に覆われた119段の石段を登り切ると、拝殿が見えてきます。

東本宮の拝殿
拝殿から望む本殿
本殿

東本宮は、天照大御神あまてらすおおみかみが天岩戸からお出ましになった後、知恵の神である思兼神おもいかねに導かれ、「最初にお住まいになった場所」=御鎮座ごちんざを祀っています。創建年代は不詳ですが、弘仁3年(812年)に平安時代の武将・大神惟基おおがみのこれもとが霊夢を見て荒廃していた社殿を再興したと伝えられています。昭和31年(1956年)に造営されて現在の形となっています。御神体の天岩戸を直拝するため本殿を持たない西本宮に対し、東本宮には本殿が建てられています。日本の伝統的な神明造しんめいづくりです。参拝を済ませて、石段を下り、西本宮横の駐車場まで歩き、次の神社「高千穂神社」へ向かいます。

今回は4日目(観光3日目)の午後、ランチを食べて、天岩戸神社西本宮、天安河原、東本宮を参拝したところまでです。天岩戸案内では神職の方からお話を伺って、参拝し、天安河原で凜とした雰囲気とおどろおどろしい雰囲気の両方を味わって、すがすがしい東本宮に参拝しました。神話の原点にたどり着いた瞬間でした。次回は高千穂神社と夜神楽の様子です。

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