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長男のドタキャンにブチ切れながら気づいた、「優等生の呪い」

こんにちは、サチです。

長男は、オンラインでマンツーマンのプログラミングレッスンを受けています。
昨日は、そのレッスン日でした。

朝「今日プログラミングあるよ」と伝え、長男は「はーい」と、いかにも分かっている風の返事。
学校から帰宅してゲームに夢中になっている長男に、「30分後だよ」「あと5分後ね」と、私は何度も声をかけていました。

そして開始時間ぴったりになった瞬間。

「やっぱやりたくない」

……は???

その瞬間、私の中の「正論ヤクザ」が一気に噴き出しました。

ドタキャンは迷惑だろ。
先生は時間を作って準備してくれている。
絶対ありえない。
そんなことしてたら将来誰にも信用されなくなる。
今言うな、せめて朝言え。

一通り正論を叩きつけたあとで、ふと立ち止まりました。
この、心臓がドクドクして血が逆流するような怒り。

私は本当に、「先生の迷惑」に対して怒っているのだろうか。


私は「期待に応える優等生」で生きてきた

時間を守ること。
約束を守ること。
迷惑をかけないこと。

それは私にとって、単なるマナーではなく「絶対条件」でした。

学生時代は勉強をちゃんとやり、会社に入れば「やるべきこと」を優先し、起業塾では主宰者の言うことをちゃんと実行して結果を出してきました。
私は「正解を選ぶ能力」は高かったと思うし、それが“優秀”と呼ばれてきたのだと思います。

ちゃんとやれば評価される。
守れば信頼される。

それが自分の価値そのものだと思っていました。
「ちゃんとしていれば評価される、守れば居場所がある」と。

だから、息子にそのルールを軽く扱われると、単なる怒りを超えて、私の生存戦略そのものが否定されたような恐怖を感じてしまう。


私は立派な母ではありません

ここまで「優秀だった」とか何とか色々書いてきましたが(笑)、私は、「立派な母」では全然ありません。
子どもと穏やかに語り合う毎日、みたいな家庭でもありません。

イラッとすれば「ハァー⁉️😡💢」も言うし、「何言ってんの?バカなの?」とも言い放ちます。(子育て専門家の方からしたら、頭を抱えるかもしれません…すみません)
長男からは「うるせぇんだよ!チッ(舌打ち)」と返されて、そこから再燃することもあります。

……まあ、お互い様です(笑)。

noteを読んでいると、子どもとの関係が美しくキラキラして見えるママさんもいてとても憧れますが、うちはそういう感じではありません。

毎日なにかしら言い合いをして、説教して、たまにブチ切れて、空気が悪くなって、しばらくして普通に戻る。
そんなことの繰り返しです。

もちろん、ギュッと抱きしめることもあります。
次男にはほぼ毎日。長男には……まあ、たまに(笑)。

それが我が家のリアルです。


長男の脳は「今、ここ」に全振りしている

ここで少し、長男の話をさせてください。

うちの長男は、いわゆる「固定された時間に合わせて動く」ということが、どうやらとても苦手なタイプです。

宿題は全くやらないけれど、テストはまあまあできる。
興味のあることへの集中力は、ものすごい。

そして何より、「今、ここ」に全振りして生きています。

長男にとっては、「先生が時間を作っている」という未来の話よりも、今やっているゲームの世界の方が、圧倒的にリアルなのだと思います。

固定時間は、私にとっては秩序ですが、長男にとっては“強制終了ボタン”なのかもしれません。

私は丁寧に声をかけていたつもりでした。
でも長男からしたら、じわじわ迫ってくるカウントダウンだった可能性も。
没入型の子にとって、切り替えは想像以上にしんどい、と聞いたことがあります。

そう考えると、あの「やっぱやりたくない」は、怠けというより、防御だったのかもしれません。

👇ADHDっぽい長男とADHD動画を見た時の話


それでも私が怒ってしまう理由

それでも私は、怒りました。
日本社会は固定時間で回っている。
電車も会議も締切も、「◯時から」というルールで動いている。

そこに合わせられないと、社会から後ろ指を指されて、暗い未来しか待っていないのではないか。
そんな不安が、私を突き動かします。

でも、怒りながら、途中でふと気づいてしまいました。

あ、これ…。
私の琴線に触れてるから、こんなに怒ってるんだ。

表面的には、

先生に迷惑をかけるとか、
そんな調子じゃ将来やっていけないとか、
社会では通用しないとか、

いろいろ正論を並べていました。

でも、怒りながらもう一つの感情が見えてきて、心の中でこんな言葉が浮かびました。

「長男は、やりたくない時にやらないって言えていいなぁ!!」


「やりたくない」と言える自由が羨ましかった

私は怒っているんじゃない。
羨ましいんだ。

この子は、やりたくない時に「やりたくない」とNOを言える。
私はそれを、ほとんどやってこなかった。

やりたくなくてもやる。
嫌でもやる。
時間は守る。
迷惑をかけてはいけない。

そうやって「正解」を選び続けてきた人生だったので、習い事の開始時間ぴったりに「やっぱやりたくない」と言えるその自由が、心底羨ましかった。

そしてたぶん、このことに気づけたのは、この半年ほどで自分の感情を丁寧に見つめることをずっとしてきたからだと思います。

昔の私だったら、ここまで怒った理由を、

「子どもの態度が悪いから」
「社会のルールだから」

というところで止めていた気がします。

でも今は、「あ、この怒り、私の何かに触れてるな」と立ち止まることができるようになりました。
怒りの奥にあったのは、「正しさ」ではなく、ただの羨ましさでした。


結局、その日のレッスンは受けませんでした

私は「自分で先生に言いなさい」とだけ伝えました。
長男はZoomをつないで、「今日はやりたくないです」と先生に言いました。

サポートの先生も入ってくれて、
「じゃあ今日はおしゃべりだけにしてみる?」
「少しだけログインしてみる?」
といろいろ提案してくれていましたが、長男は全て拒否😂
そしてそのまま、当日キャンセルになりました。


「ちゃんとしている自分」という執着を断捨離する

少し前の私だったら、たぶんもっと怒っていたと思います。
特に、「お金がもったいない」ということに反応していたでしょう。

👇コスパ最優先の価値観だった頃

でも今は、別の視点も浮かんできます。

もし長男が、「決められた時間」よりも「自分の感覚」で時間を設計する方が力を発揮できるタイプだとしたら。

私は今、長男の個性を「社会の正解」という型に押し込めて、矯正しようとしているのではないか。

私が怒っているのは、長男の未熟さのせいではない。

「ちゃんとしている自分にしか価値がない」

という、私の古い信念が揺さぶられているからなのだと思います。
まさに今、私は「正しさへの執着」を断捨離している最中なのかもしれません。


正論ヤクザは今日も出るけれど

「ちゃんとしていない人は、本当にダメなのか?」
「私は、不完全なままの自分を、どこまで愛せるのか?」

この問いは、なかなか手強いです。

今日もイラつくし、正論ヤクザも出てきます(汗

それでも私は、長男の船の船頭になることをやめて、隣の船から「へぇ、そっちに舵を切るんだね」と、見守る練習を続けていきたいと思っています。

子どもを育てているつもりで、実は自分の思い込みをほどいているのかもしれません。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回みたいに「なんで私はこんなに怒ったんだろう?」と自分の感情を掘るようになったその試行錯誤のプロセスや気づきは、別の記事にまとめています。

👇3ヶ月で「意図して変わる!」シリーズ


▼この記事を書いてるのは誰?

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