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子どもの“約束”に振り回されないために必要だったもの

こんにちは、サチです。

ここ最近、不登校気味の小5長男とのやり取りの中で、感情が何度も大きく揺さぶられることがありました。
「振り回される」というより、自分の中の“正しさ”や“誠意”が踏みにじられているような感覚に近かったように思います。

でも同時に、これを文章にして残しておきたいと思いました。
きっと、同じように子どもとの関係に悩み、葛藤しているママがどこかにいて、その人にとって、ほんの小さな灯になるかもしれないと思ったからです。


1. 「10時に行く」と言われた朝

その日の朝、長男は「今日は10時に学校行くから、送って欲しい」と言いました。

ところが10時になってアラームが鳴っても、
長男は「アレクサ、止めて」と一言言い、またゲームを始めました。

その姿を見た瞬間、胸の奥でドクンと重たいものが跳ねました。
怒りとも、落胆ともつかない、あの独特の感覚です。

「ねぇ、10時って言ってたよね?」
そう声をかけると、「あー、はーい」と軽い返事。
本人は特に気にする様子もありません。

“約束”という言葉が、彼の中ではまだとても軽いものなのだと、
改めて思い知らされました。


2.校門で突然の「13時に迎えに来て」

校門に着くと、
カバンを渡したタイミングで突然、こう言いました。

「今日、13時に迎えに来て。じゃないと行けない。」

私は一瞬、言葉を失いました。
仕事の予定があり、どうしても13時に迎えに行くことはできません。

そう伝えても、長男は校門で固まったまま動きません。

こちらの都合はお構いなしに、後出しで条件を変えてくる理不尽さ。
その頑固さに、私の中の血が逆流するような感覚がしました。

「急に言われても困る。今日は13時は無理だよ」
「なんで?」
「仕事があるから」
「13時がいい」
「行けないよ」
「なんで?」

同じ言葉が、ぐるぐるとループします。

そして最終的に、長男は「行かない」という選択をしました。

頭の中で、
「なんで自分で言ったことを守らないの?」
「なんで何度言っても分からないの?」
という声が渦を巻きました。

私は感情を抑えきれず、長男を校門に残したまま、
電動自転車のスピードを上げて家に向かいました。

イライラと、子どもを置いて離れた罪悪感で、
心臓がドクドクと暴れていました。


3.普通に話しかけてくる長男に、さらに揺らぐ

しばらくして長男も帰宅しました。
でも長男は、まるで何事もなかったかのように、
”普通に”話しかけてきました。

「ママー!エレベーターで“開く”と“閉じる”間違えて押しちゃったー!」

私の心は、まだぐちゃぐちゃのままでした。
怒りというより、余裕の欠片もない、
大人として傷ついた心の状態でした。

「……そうなんだ。」

顔を見ることができませんでした。

自分でも、この態度をとりたいわけじゃないと分かっています。
だからこそ、その瞬間にまた胸がズキッと痛みました。


4.コメダで一息ついたら、世界がやさしく戻ってきた

横でゲームをまた始める長男を見ていると、
イライラが再燃し、説教したくなる自分がいました。

このままではまずい。
とにかく距離を取ろう。

夫にも長男にも何も言わず、私は外に出ました。

近所のコメダに入り、たっぷりサイズのホットカフェラテを頼み、
こっそり涙を拭きました。

私がコメダを好きなのは、
仕切りがあって他人の目が気にならず、
自分の世界に戻れる場所だからです。

カフェラテを一口飲み、豆をポリポリ食べながら、
ようやく深く息が吸えるようになりました。

そこで本を開きました。
川原卓巳さんの
『Be Yourself:自分らしく輝いて人生を変える教科書』。

ページをめくるたびに、
「自分の軸に戻っていく」ような感覚がありました。

本って、本当にすごい。
「自分に戻るって、こういうことなんだ」
そう思わせてくれる言葉に、また少し救われました。


5. 境界線が薄くなると、親子は疲れ果ててしまう

コメダで一息つき、あらためて思ったのは、
私は長男に“理解させよう”としすぎていたこと。
説明して、図にして、根気良く言い聞かせれば、
いつか伝わると信じていました。

でも本当に必要だったのは、

・彼には、自分で経験して気づくための「構造」
・私には、これ以上踏み込ませない「境界線」

でした。

助けすぎること。
説明しすぎること。
責任を肩代わりしすぎること。
相手の感情まで背負おうとすること。

一見「優しさ」に見えるそれらが、
実は自分を追い込み、子どもの力を奪っていたのかもしれません。

「任せる」
「本人に決めさせる」
「選択の結果を自分で受け取らせる」

それは冷たさではなく、愛情の形のひとつなのだと、
ようやく腹落ちした気がします。


6. 「ずるい」の正体がずっと分からなかった

長男はよく「ママだけずるい」と言います。

私がパソコンで仕事をしているだけでも、
「自分はゲームできないのに、ママだけずるい」と。

大人と子どもは、責任の重さも自由度も違う。
大人は子どもを守り、すべての責任を負う立場。

何度も説明しました。
その場では分かったような顔をするのに、
数日後にはまた同じことを言う。

「なんで分かってくれないの?」
「何回説明したら伝わるの?」

本気で苦しかった。


7. 境界線を引いてみる

コメダから帰宅したあと、私は長男にこう伝えました。

「あなたの自由にしていい。
ただし、責任も自分で負うこと。」

・ご飯は自分で決めて、自分で用意する
・学校に行くかどうかも自分で決める
・行かないときは自分で電話する
・服は自分で洗濯する
・起きる時間も寝る時間も自由
・ゲームも無制限で自由

その代わり、私は指示もしないし、世話もしない。

自由と責任はセット。
それを体感してほしかったのです。

もちろん、すべて完璧にできるはずはありません。
困れば「ママ、手伝って」と言ってくるでしょう。
それでいい。

正しさを押し付けるのではなく、
淡々と線を引いて「守る側」に立つこと。
それが今の私に必要な選択でした。


8.私に必要だったのは「論理」ではなく「境界線」だった

何度説明しても伝わらなかった理由は、とてもシンプルでした。

彼には「説明」ではなく「構造」が必要だった。
そして私には、「説得」ではなく「境界線」が必要だった。

「私はここまで」
「これは私の問題じゃない」

その線を引けていなかったのは、私自身だったのです。


9.そして、もうひとつの出来事

その日の午後、ANAからメールが届きました。
10月に申し込み、ずっと空席待ちだった羽田―マニラ便が取れたという知らせでした。(2026年2月にフィリピン親子留学予定)

思わず、小さく声が出ました。

朝はあんなに大変だったのに、
その数時間後に、未来につながる扉がひとつ開いた。

子育ては、本当にジェットコースターみたいです。

それでも思います。

「この子たちに世界を見せたい」
「将来につながる経験をしてほしい」
「どんなに揺れても、家族の未来をつくることはやめない」

今日の混乱も、きっと未来への伏線。
そう思えるようになりました。


おわりに:同じように悩むママへ

今日、私はひとつの答えにたどり着きました。

「伝える」よりも、
「守るべき境界線を整える」ことが先だったということ。

子どもと同じ目線に降りる必要はありません。
でも、子どもの世界を否定する必要もありません。

その間にある、ちょうどいい距離感が、
親子の関係を少しずつ整えてくれるのだと思います。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

揺れながら進むすべてのママたちに、
この言葉が少しでも届きますように。


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