フィリピン親子留学─【#12】現金社会で暮らして気づいた「お金の正体」
こんにちは、サチです。
我が家は、2026年2月に3週間、フィリピンへ親子留学に行ってきました。
空港ではクレジットカードは使えましたが、滞在先周辺はクレジットカードがほとんど使えない生活。
セブンイレブンでも現金のみ。
レストランも現金。
トライシクルももちろん現金。
「え、クレカ使えないの…?」
正直、最初は少しショックでした。
私は普段、ほとんど現金を持ち歩きません。
スマホ一つで完結する生活に慣れきっています。
日本だったら、きっと面倒だと思っていたと思います。
でもフィリピンでは、不思議と「面倒」よりも「体験」でした。
通貨が変わると、世界が変わる
ペソの硬貨と紙幣。
「えーと、どれが5ペソ…?」
私が迷っていると、横から長男が言います。
「これだよ、これ!」
気づけば、長男はよく円換算をしていました。
「これ、円だといくら?」
「うわ、高くない?」
「え、やっす!」
日本では、ただの数値だった金額が、フィリピンでは“考えるもの”になっていました。

また、次男は、レジ横に置いてあった募金箱におつりの小銭を入れたとき、とても嬉しそうな顔をしていました。
正直、募金の意味はそこまで分かっていないと思います。
でも、店員さんに「Thank you☺️」と言われた後、私に見せた表情はとっても誇らしそうでした。
そして私も、おつり募金ができて少し嬉しかった。
(普段はクレカかバーコード決済なので、「おつり」を受け取る機会がほとんどありません)
お金が“数字”ではなく、“誰かに渡るもの”になった瞬間でした。

不安や不便も、もちろんあった
よく、「現金で払うとお金の重みが分かる」とか、「手渡しだからこそ心が通う」と言われます。
私自身、現金社会だからこそ得られた経験もありました。
でも、不安も確かにありました。
レジに価格表示がないこともあり、金額は口頭だけ。
頭の中で必死に計算しながら、「本当に合ってるよね?」と少し不安になる。
細かいお金を求められて、持っていないときの申し訳なさ。
財布の中身を常に気にしている感覚。
便利とは言えません。
正直に言うと、日本のキャッシュレス社会の方が私は好きです。
ミニマリストの私にとって、スマホ一つで完結する生活は心地よい。
身軽でいられる。
でも私にとって大事だったのは、「現金かどうか」ではありませんでした。
1000ペソを払った夜
ショッピングモールの帰り道。
子ども2人と荷物を抱え、トライシクルに乗りました。
相場より少し高い金額で、さらにチップも渡しました。
合計1000ペソ。
他人から見れば、「高い」「失敗」「バカをみてる」と言われるかもしれません。(フィリピンをよく知る人ならば余計に…)
でも私は、1ミリも後悔していません。
安全に帰れたこと。
子どもたちを抱きしめながら、愛しさを感じたこと。
ドライバーさんが終始私たちを気遣い、声をかけてくれたこと。
その対価として払った。
それだけです。
👇その時の様子を詳しくつづっています
あのとき、ふと思いました。
「お金を稼ぐ」って、こういうことだよなー、と。
誰かの役に立つ。
誰かを安心させる。
誰かを笑顔にする。
その対価として受け取るもの。
お金は、損得の計算だけで動いているわけじゃない。
「ありがとう」を形にしたものだと思っています。
私が忘れたくないこと
現金社会で暮らしたからといって、私の金銭感覚が劇的に変わったわけではありません。
そして、お金の“重み”が、通貨や支払い方法で変わるとも思っていません。
帰国して、またスマホ決済の生活に戻りました。
便利です。快適です。
でも、あの1000ペソの感覚は、強く残っています。
価値を感じたら、気持ちよく払う。
自分が納得しているなら、それでいい。
それが、本来のお金の使い方のはず。
私は自分のビジネスをするときも、それを忘れたくないと思いました。
数字だけを追いかけるのではなく、ちゃんと価値を渡し、ちゃんと受け取る。
お金は、感謝の循環。
フィリピンでの3週間は、そんなシンプルなことを、もう一度思い出させてくれました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次の#13では、この体験を単なる「思い出」で終わらせず、一生モノの「資産」に変えるための、ちょっとシビアで具体的な戦略をまとめました。
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