必死な子育てを卒業する。教育と「親の不安」を切り離す3つの問い
こんにちは、サチです。
前回の記事では、教育熱心だった頃の私が、本当は子どもの将来だけではなく、自分の価値や安心まで守ろうとしていたのかもしれない、という話を書きました。
あの記事を書いたあと、たぶん読んでくださった方の中には、
私もそういうところあるかもしれない。
でも、だからといって、どうすればいいのかわからない。
と思った方もいたんじゃないかなと思います。
私も、まさにそうでした。
「子どものため」と思っていたものの中に、自分の不安がかなり混ざっていた。
そこに気づいたからといって、「じゃあ今日から全部やめよう、自分優先でいこう!」なんて全然ならなかったし、なれる未来が見えなかった。
そんなに簡単なら、そもそもここまでこじれてないですよね(;´Д`A
今回は、
“この子のため”と“私が安心したいだけ”が混ざっている時、私はどこで気づくようになったのか。
その時、どんなふうに自分に問いを投げるようになったのか。
そこを書いてみようと思います。
これは、立派な方法論ではないです。
私は今でも普通に迷ったり、子どものことを心配したりします。
でも少なくとも、昔みたいに「子どものため」で全部を押し切る感じはなくなりました。
その違いは、大きな行動を変えたからというより、立ち止まる場所が少しわかるようになったからだと思っています。
※今回の記事は、かなり長文になってしまいました。
また、後半は、必要な方にだけ届くように、有料にしています。
まず前提として、“混ざる”のは普通だと思う
最初に書いておきたいのですが、私は今、「子どものため」と思う気持ちが全部ダメだとはもちろん思っていません。
子どもを心配するのも、できるだけ合う環境を選びたいと思うのも自然。
私も今でもそうです。
問題だったのは、そこに自分の不安や怖さがかなり混ざっていたのに、それを全く自覚していなかったことでした。
しかも当時の私は、「私はちゃんと考えている」「私は母として愛情も責任感も強い」「子どものために真剣」と思っていました。
まあ、実際それも一部は本当なんですけどね。
ややこしい。
だから私は、まず「混ざること自体はある」と思えるだけでも、わりと違うんじゃないかと思っています。
“子どものため”のつもりで、毎日必死だった
昔の私は、本気で「今やるべきことをやらなければ」と思っていました。
英語耳は2歳まで、みたいな説を信じて、毎日英語の童謡を掛け流ししていました。
英語に親しんでほしいという気持ちももちろんあったけれど、それ以上に、「今やらなかったら損する」「取り返しがつかないかもしれない」という焦りの方がかなり強かったと思います。
算数オリンピックで受賞した子の親が出した本を読んでは、幼児期から車のナンバープレートの数字を足す遊びをしたり、のぼった階段の数を数えたり、そういう“日常で算数脳を伸ばす工夫”みたいなものを真似してよくやっていました。
長男は数が好きだったので、その能力を伸ばすにはこういうことをするのがいい、と思っていたんです。
子どもとの遊びは、正直、楽しさ2割、義務感8割くらいだったと思います。
プリント学習もそうでした。
子どもが乗り気じゃない時は、やめるというより、どうやったらやらせられるかを考えていました。
脅す。褒める。ご褒美で釣る。スタンプ制にする。遊びに組み込む。「ママに教えて」と頼る。「みんなもやってるよ」と言う。
ネットでやり方を検索してみたり、幼児教室の先生に相談してみたり、「やらせるために」かなりあの手この手を使いました。
改めてこうやって並べると、まあまあ教育ママ感は醸し出してますね。汗
子どものためなんだから、やるのが普通。
でも本当に、そのくらいの感覚でした。
“伸ばしたい”より、“潰したくない”が強かった
今振り返ると、あの頃の私は、子どもの才能を伸ばしたいというより、“伸ばせたはずのものを見逃した母親”になりたくなかったんだと思います。
英語をやらせなかったら、耳が育たないかもしれない。
算数クイズをやらなかったら、せっかくある才能の芽を見逃すことになるかもしれない。
長男は数が好きだったからこそ、その芽に気づいていながら伸ばさないなんて、母親としてあってはならない。
本気でそう思っていました。
“何もしない”ことは、ただの放置ではなく、“責任放棄”みたいに感じていたんですよね。
だから私は、「この子に合うか」より、「今やらなかったら取り返しがつかないか」で動いていたんだと思います。
伸ばしたいというより、潰したくない。
育てたいというより、失敗したくない。
あの頃の私を動かしていたのは、たぶんその怖さでした。
子どもを通して、自分の価値も守りたかった
私は、子どもに一流に育ってほしかった。
自分の好きなことを極めて、他人に流されず、自分の基準で判断できて、ちゃんと稼げて、尊敬される人になってほしかった。

今でも、その願い自体がおかしい・行き過ぎだとは思いません。
でも、当時、その中には、子どもの未来だけじゃないものもかなり混ざっていました。
私は、子どもがそう育つことで、「私の子育ては間違っていなかった」と思いたかったと思います。
子どもが優秀に育つことが、自分の判断や感覚の正しさの証明になる気がしていた。
教育を頑張ることは、子どものためであると同時に、自分の価値を支えることでもありました。
最初のひびは、長男の不登校だった
現在小6の長男が、小3で不登校になった時、最初に思ったのは、「どうして?」ではありませんでした。
「絶対に認めない」
それが、かなり本音に近いです。
こんなに時間もお金もかけて、苦労して入学した私立小を、不登校になるなんて無理。
無理無理無理。
そんなの受け入れられるわけがない。
すぐに登校させるようにしなければ。
私は、まずそう思っていました。
つまり当時の私は、長男の状態を見ようとするより先に、「この現実をなかったことにしたい」「早く元に戻したい」という気持ちの方が強かったんだと思います。
かなり本気で考えてきたつもりだった。
環境も、教育も、できることはやってきたつもりだった。
だから最初は、自分の前提を疑うというより、「何が足りなかったんだろう」「どうすれば戻せるんだろう」と考えていました。
でも、最初は週に1日休むだけだったのが、週の半分行かなくなり、そのうち月に1日も登校しなくなり…
頑張って学校に行かせようとする私に対して、長男は、何度もこう言ってきました。
「なんでママは、僕の嫌がることやらせるの?」
その言葉を聞いた時、最初は、「将来のためだから」「今はわからなくても、あなたにはやるべきことがある」と、反論していました。
でも、何をしても、どう声かけしても、誰に相談しても、長男の不登校は解消せず、小4でついに全く登校しなくなりました。
最初は受け入れられませんでしたが、たくさん長男と時間をかけて話していくうちに、少しずつ違う問いが出てきました。
私は“この子のため”と言いながら、この子の嫌がることを、ずっと“正しさ”で押し通してきたのかもしれない。
私が守ろうとしていたものと、この子が必要としていたもの、ズレていたんじゃないか。
もちろん、全部が全部そうだったとは思いません。
愛情もあったし、良かれと思っていたのも本当です。
でも、「この子のため」と「私が正しいと思いたい気持ち」が、かなり混ざっていた。
ここで初めて、「子どものため」という言葉そのものを疑い始めた気がします。
ニュージーランドでも“全部解決”しなかった
その後、私はニュージーランドへの親子留学にも大きな期待を持っていました。
環境を変えれば、この子は絶対に変わるはず。
日本の学校という枠を外せば、もっと自由になれるはず。
私はそう強く期待していました。
でも、結局、ニュージーランドでも学校に通えなかった。
最初は、「これじゃ来た意味ないじゃん!」という気持ちもありました。
かなり期待していたので、その反動も大きかったです。
でもその一方で、学校に通えていなくても、長男が笑顔でいられる時間がたくさんあった。

あれだけ「学校に行けるか」「ちゃんと適応できるか」を気にしていたのに、学校に通えていなくても、キャッキャキャッキャ笑って過ごせる日が続く。
そのことが、私の中でかなり大きかったんです。
環境を変えれば解決すると思っていた。
学校に通えることが、回復の証拠だと思っていた。
でも、その前提自体が違うのかもしれない。
学校に通えることより、笑顔でいられることの方が、少なくとも今のこの子には大事なんじゃないか。
ニュージーランドで何もかもが解決したわけではありません。
でも、その“大きな期待外れ”があったからこそ、私が正しいと思っていたゴールそのものが、少しずつ壊れ始めたんだと思います。
子どものおかげで自分のことを見ないで済んでいた
その頃から少しずつ、私は自分の中の別の違和感にも気づき始めていました。
私はずっと、子どものことを自分の課題のように抱え込みすぎていたんですよね。
子どもがどうなるか。
何を伸ばすか。
どんな環境がいいか。
どの選択が正しいか。
一見、すごく子どもを大事にしているように見えると思います。
実際そういう面もありました。
でも今思うと私は、子どものことに深く入り込むことで、自分のことから目をそらしていたところもあったんだと思います。
ずっと「私って何者?」みたいな感覚がありました。
本当にやりたいこともよくわからない。
好きだなと思うことですら、「それって本心?」と疑ってしまう。
自分のことになると、判断に全然自信が持てなかった。
でも、子どもの教育のことになると、私はなぜか自信があったんです。
何をすべきか、どう選ぶべきか、何が正しいか。
そこでは迷わずにいられた。
たぶん私は、子どものことに集中することで、“子どものことを真剣に考えている母親”でいられた一方で、自分の空っぽさを見ないで済んでいたんだと思います。
決定打は、“今まで感じたことのない虚しさ”
子どものことで何度も前提が揺らいでも、私はまだどこかで、「この子のことが落ち着けば、自分も安心できる」と思っていた気がします。
その最後の思い込みを壊したのは、意外にも子どものことではなく、仕事でした。
私は一時期、3ヶ月連続で月商100万を稼ぎました。
好きな習い事もさせてあげられる。
旅行にも連れて行ってあげられる。
お金のことで身動きが取れない感じも減る。
普通に考えたら、自分の得意なことを活かせて稼げたし、かなり嬉しいはずなんです。
実際、目標を達成できたという嬉しさや、顧客の役に立って感謝されたという嬉しさもありました。
でも、それ以上に大きかったのは、ものすごい虚しさでした。
これだけ努力したら、もっと自由になれると思っていた。
これだけ稼いだら、もっと満たされると思っていた。
でも、全然そんなことはなかった。
むしろ、このままこの状況が続くことを想像した時、ゾッとしたし、明確に「嫌だ」と思った。
そこでやっと、子どもの問題でも、お金の問題でもない、自分の中の空白を見ないといけないと思い始めました。
ここからやっと、私は「何をするか」より「どこで立ち止まるか」を考えるようになったんだと思います。
私が今、立ち止まる時に見ている場所
ここまで読んで、「わかるけど、実際の場面ではまた同じことをしてしまう」と思った方もいるかもしれません。
私もそうでした。
だから必要だったのは、“混ざった瞬間に気づくための足場”でした。
私が今でもよく見るのは、だいたいこの3つです。
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