Palo Alto Networks CEOが語るAI時代のサイバー防衛と投資機会——SaaSの終わり、勝ち残る企業の条件
「6週間で、通常5〜7年かかる脆弱性を発見した。」
この言葉を発したのは、時価総額2,380億ドルのPalo Alto NetworksのCEO、Nikesh Aroraだ。サイバーセキュリティの最前線に立つ人物が、AIの能力を自社のコードベースで実証した結果は、業界全体に影響を持つ示唆を含んでいる。
本稿では、Aroraがポッドキャスト「All-In」で語った内容をもとに、AIとサイバーセキュリティの現在地、SaaS市場の構造変化、そして投資家にとっての利益プールの所在を整理する。
1. AIが変えたサイバーセキュリティの現実
1-1. 6週間で5〜7年分の脆弱性を発見
Palo Alto Networksは、Anthropicのフロンティアモデル「Claude Mythos」を使い、自社のコードベースに対する脆弱性テストを実施した。結果は衝撃的だった。
「6週間で、通常5〜7年かかる脆弱性の発見に相当する成果が得られた。コストは低額ミリオン(数百万ドル)程度だった。」
しかも、同モデルを「ウルトラモード(持続的思考モード)」で使うと、単独の脆弱性を見つけるだけでなく、複数の脆弱性を連鎖させた「新しい攻撃パス」まで特定できたという。人間のセキュリティエンジニアが見落としていたルートを、AIが辿り着いた。
1-2. セキュリティ意識の高い会社でこの結果
重要な文脈がある。Palo Alto Networksは、サイバーセキュリティ企業であり、コードの品質管理においては業界上位に位置するとAroraは述べている。
「私たちは自社コードのテストに関して上位パーセンタイルの企業だ。それでも、これだけの脆弱性が見つかった。世界中の1,000万人の開発者が書いたコードに同じことをしたら、どうなるか。」
自社セキュリティに投資してきた企業ですらこの状況であれば、一般的な企業のコードベースに潜む脆弱性の総量は膨大なものになる。
1-3. 3ヶ月以内に「野放し」になるリスク
Aroraは、Mythosレベルの能力が一般に広まるまでの時間軸についても踏み込んだ。
「オープンソースや中国製モデルでも、3ヶ月以内にMythosと同等の能力が利用可能になる可能性がある。」
攻撃者がこれと同等のツールを手に入れた時、企業のコードベースはどれほど準備できているか——これが今、CISOたちの最大の懸案事項になりつつある。
2. AIの「誤検知問題」——攻撃は得意、防御は難しい
2-1. Mythosの誤検知率は30%
ここで重要な留保がある。Aroraが明かした数字は業界にとって新鮮だった。
「Mythosの誤検知率(false positive rate)は30%だった。つまり、10回に3回は「脆弱性がある」と言われた箇所に、実際には問題がなかった。」
「これは攻撃には強く、防御には難しい特性だ。守る側は誤検知をゼロに近づけなければならない。保険の支払い審査に使えば、10〜20%の誤りが生じる。自動車の自動運転に使えば、子供を乗せる気にはなれない。」
2-2. 企業実装に必要な「ハーネス」の重要性
モデルそのものは、「生の能力(raw capability)」であり、そのままビジネスに適用できるわけではない。誤検知率を30%から1%以下に下げるには、企業固有のデータでのファインチューニング、適切な「ハーネス(制御の仕組み)」、そして、コンテキストに合わせた調整が必要だという。
「モデルをそのまま使うだけでは不十分だ。問題はモデルの能力ではなく、どう使うか。それをやり遂げるための後処理に大量の仕事がある。」
この「後処理」の価値を提供できる企業が、AI時代の次の勝者になるとAroraは示唆する。
3. SaaSの構造変化——何が生き残り、何が終わるのか
3-1. 「分析系SaaSは終わった」
Aroraの言葉は明確だ。
「分析系SaaS(Analytical SaaS)は終わった。データを集めて分析してくれるだけの製品を、今の私は必要としない。LLMをデータに直接当てればいい。」
これは、Salesforceのマーケットプレイスで提供されてきた多くの「アドオン分析ツール」、あるいはBI・データ分析系の単機能SaaS製品への直撃だ。実際、あるポッドキャストの参加者は、「SaaS製品の20席中17席を解約し、Slackと組み合わせて使えるようにしたら、コストを90%削減できた」と話した。
3-2. インフラ系SaaSは「10倍」の需要がある
一方で、データベースやストレージ、データ管理インフラは別の話だ。
「今後3年間、企業はAI活用に必要な文脈を得るため、現在の10倍のデータをストアする必要がある。Databricks、Snowflake、Oracle、MongoDBのようなインフラ系は今後も不可欠だ。」
AIモデルが有効に機能するためには、「何が良くて何が悪いか」を判断できるだけの企業データが必要になる。そのデータを保管・管理するインフラへの需要は、AI普及と共に増大する。
3-3. 「システム・オブ・ワーク」は5年で再発明される
現在の企業向けソフトウェアに組み込まれているUIは、「人間がデータを入力・閲覧するため」に設計されている。しかし、エージェントが仕事を代行するようになれば、UIそのものが不要になる可能性がある。
「営業担当者が商談を終えたら、後の処理はすべてエージェントが行う。入力もなし、クリックもなし。これが実現すれば、5人の仕事を1人でできるようになる。システム・オブ・ワークは今後5年で再設計される。」
CRM、ERPなどの「業務基幹系」ソフトウェアも、エージェント対応に向けた大幅な再構築を迫られるという見立てだ。
4. 利益プールの所在——投資家が注目すべき領域
4-1. モデルはコモディティになる、利益はアプリに移る
Aroraはモデルの将来についてはっきりした見方を持つ。
「モデルは、最終的にユーティリティ(インフラ)になる。IQ120の作業には1セント、IQ250の作業には10ドルという形で、知性を必要に応じて購入する時代が来る。」
利益は、モデル自体よりも、そのモデルを活用したアプリケーション層に集まる。Anthropicの「Claude Code」やOpenAIの「Codex」が急成長しているのは、まさにその証左だとAroraは指摘する。
4-2. 最も成長が期待できる利益プール
Aroraが挙げた代表的な利益プールは以下の通りだ。
コーディング支援: 開発者生産性の向上に直結し、すでに急速な普及が進んでいる。
サイバーセキュリティ: 攻撃側のAI活用が進むほど、防御側の需要も連動して拡大する。Palo Alto Networksはまさにその中心にいる。
アプリケーション層の再発明: 既存の大型SaaS(HRシステム、営業管理、ERPなど)をエージェント対応に作り直す新興企業が次の波を生む可能性がある。
4-3. 「リプレースメントTAM」という考え方
新興AI企業が既存SaaSを低コストで代替するビジネスモデルも台頭している。
「すでに予算が存在する領域(既存製品のリプレース)は、顧客獲得コストが低い。1,000ドル/席のSaaS製品を、消費量課金で80〜90%安く提供できるなら、競争力は明白だ。」
消費者向けサブスクリプション収益も、比較的参入しやすい利益プールとして言及された。「Netflixモデル」に代表されるような、月次課金の積み上げ型ビジネスは引き続き魅力的だという。
5. Palo Alto Networks自身の戦略
5-1. M&Aのフェーズが変わった
8年間のCEO在任期間中、Aroraは製品企業を買収して自社の営業エンジンに乗せるという一貫したM&Aの手法をとってきた。
「以前は製品会社を買って、当社のGo-to-marketエンジンに乗せることで効率を上げてきた。次のフェーズは違う。AIを使って自社のオペレーションを業界最高水準の効率に持っていければ、何を買収してもすぐに高収益化できる。」
直近では、アイデンティティ管理企業を約250億ドルで買収し、エージェント時代のセキュリティ強化を図っている。
5-2. 人員はむしろ増える
AIによる業務効率化が進む中、人員は削減されるという見方が多い。しかしAroraの見立ては異なる。
「Palo Alto Networksでは、AIが存在しなかった世界より技術者の数が増えている。AIがあらゆる変革を求めるようになり、それに対応する人材が必要になっているからだ。」
テクノロジーの採用がビジネス全体の変革につながる局面では、人的リソースの需要も拡大するという逆説的な見方だ。

