2026.05.20 注目の海外スタートアップの資金調達3選
2026年5月、テックとサイエンスの交差点で複数の注目すべき資金調達が相次いだ。フィンテックのMercuryが評価額52億ドルで2億ドルを調達し、バイオテックのOorja Bioが難治性肺疾患の新薬開発に向けて3000万ドルを確保、そして電子機器製造スタートアップのCircuitHubが2800万ドルで自動化工場の拡張に乗り出した。
規模も業種もそれぞれ異なるが、共通するテーマがある。それは「AIが産業の非効率を解消し、新しい市場機会を生み出している」という構造的な変化だ。本稿では3社の動向を整理し、ビジネスマン・投資家にとってのインプリケーションを考察する。
1. Mercury:AIスタートアップブームを追い風にするフィンテックの実力
1-1. 調達概要と評価額の推移
フィンテック企業Mercuryは、2億ドルのシリーズDラウンドを52億ドルの評価額で完了した。これは14ヶ月前の前回ラウンド(評価額35億ドル)から49%の上昇に相当する。リード投資家はTCV(Revolut、Nubank等を支援した実績を持つVC)で、Sequoia Capital、Andreessen Horowitz、Coatueなどの既存投資家も参加した。
Mercuryの累計調達額は2017年の創業以来、今回のラウンドを含めて約7億ドルに達した。
1-2. AIが後押しする新規顧客の増加
MercuryのCEO Immad Akhund氏は、今回の調達にあたり、「AIはアイデアから会社設立までの摩擦を、私がキャリアで見てきたどの変化よりも速く解消している」と述べた。また「次の5年で生まれる起業家の数は、過去20年を上回るだろう」との見方も示している。
Mercuryは、現在30万社以上の顧客を持ち、米国のアーリーステージスタートアップの約3分の1が同社を利用しているという。AI系スタートアップの急増がMercuryの新規顧客獲得を直接押し上げており、ビジネスモデルの追い風になっている。
1-3. 収益性と銀行ライセンス取得への動き
Mercuryは、4期連続でGAAPベースおよびEBITDAベースの黒字を達成しており、年間換算売上高は6億5000万ドルに達している。フィンテック業界でパンデミック期の高騰評価が崩壊した後も、RampやStripeと並ぶ数少ない「着実に成長を続ける企業」として位置づけられている。
Mercuryは4月、連邦規制当局(通貨監督庁)から銀行ライセンスの条件付き承認を受けた。これにより、独自の貸付サービスやZelle(デジタル決済ネットワーク)への参加が可能になる見通しだ。ライセンス取得が実現すれば、大手銀行との競合において大きな一歩となる。
1-4. 投資家へのインプリケーション
MercuryのケースはAIがもたらす「二次効果」を示す好例だ。AIによる起業コストの低下が新規スタートアップを増やし、その結果としてスタートアップ向けバンキングサービスの需要が拡大している。フィンテックへの投資を検討する際は、直接的なAI活用だけでなく、こうした周辺需要の受益者にも目を向ける視点が重要だ。
2. Oorja Bio:難治性肺疾患に挑む、アンメット・メディカル・ニーズへの投資
2-1. 調達概要と会社概要
Oorja Bio(テキサス州ヒューストン拠点)は、2026年5月20日、創業と同時に創設投資家Westlake BioPartnersから3000万ドルのシリーズA資金調達を発表した。CEOにはSujay Kango氏、最高医療責任者にはJanethe Pena氏が就任している。両名はかつてAcceleron Pharmaで勤務し、同社はその後Merckに115億ドルで買収された実績を持つ。
2-2. 対象疾患と治療薬の特徴
Oorja Bioが開発する主力候補薬はORJ-001だ。対象とする特発性肺線維症(IPF)は、肺に瘢痕組織が蓄積し、慢性的な咳や息切れをもたらす難治性疾患だ。
IPFは米国で15万人以上の成人が罹患しており、既存の治療法は疾患の進行を遅らせるにとどまり、肺機能の低下を止める薬は存在しない。ORJ-001は肺胞上皮II型(AEC2)細胞の機能を回復させることで、炎症・線維化シグナルを抑制する新しいアプローチをとる。
ORJ-001は韓国のバイオテク企業NIBECからライセンスを取得した化合物であり、Oorjaは2025年5月に最大4億3500万ドル相当の契約でこれを獲得した。
2-3. 開発ステータスと今後の見通し
Oorja BioはFDAからORJ-001の臨床試験申請(IND)承認を受けており、2026年中にIPF患者を対象としたフェーズ2臨床試験を開始する計画だ。フェーズ1では健常者を対象とした試験で良好な体内動態と忍容性が確認されている。
2-4. 投資家へのインプリケーション
Oorja Bioは創薬スタートアップの中でも「アンメット・メディカル・ニーズ(未充足の医療ニーズ)」を的確に捉えた事例だ。IPFのような希少難治性疾患は市場規模が限定的に見える一方、有効な治療法が存在しないため、新薬が承認された際の医療経済的価値は高い。Acceleron出身の経営陣という実績ある開発チームの存在も、リスク評価の上でプラス材料となる。
3. CircuitHub:回路基板製造を「月単位から日単位」に変える自動化工場
3-1. 調達概要と会社の特徴
CircuitHubは、2800万ドルの資金調達を完了した。今回のラウンドはPluralが主導し、調達資金はエンジニアリングチームの拡充、製造プラットフォームの拡張、欧米における自動化工場ネットワークの拡大に充てられる予定だ。
CEOのAndrew Seddon氏を中心とする同社は、設計ファイルをアップロードするだけで短期間のうちにプリント基板(PCB)を製造できる自動化システムを構築している。マサチューセッツ州に製造拠点を持ち、R&D部門は英国ケンブリッジに置く。
3-2. 技術的な強みと実績
CircuitHubは、これまでに200万枚以上の回路基板を納品し、1億3300万個以上の部品を実装。世界2万人以上のエンジニアを顧客としており、自動運転車、航空宇宙、防衛、ロボティクス、クリーンエネルギーなど幅広い分野をカバーする。
特徴的なのはその製造モデルだ。ロボット、コンピュータービジョン、AIを組み合わせることで、通常は数ヶ月かかる製造プロセスを数日単位に短縮する。さらに、少量多品種(高ミックス・低ボリューム)生産を経済的に成立させる点が競争優位となっている。
3-3. リショアリング(製造回帰)の文脈
CircuitHubのソフトウェア定義型製造モデルは、衛星・ロボット・自律システムを設計するエンジニアが、設計から生産対応基板まで数日で移行することを可能にする。
投資家のPluralは、欧米での製造回帰(リショアリング)の波を追い風と見ている。Pluralのパートナーであるとステン・タムキビ氏は「これはサプライチェーンの強靭性と主権の問題でもある——欧州と米国が重要技術を自国で設計・製造・反復できるようにすることだ」と述べている。
3-4. 投資家へのインプリケーション
CircuitHubは、AIとロボティクスによる製造業の「ソフトウェア化」という構造的なトレンドに乗る企業だ。半導体製造の自動化を参考に設計された「クラウド型製造モデル」は、製造コストの変動費化と柔軟な生産能力の確保を可能にする。地政学的リスクを背景とした欧米でのリショアリング需要の高まりも、同社にとって中長期的な追い風になると考えられる。

