見えない“2兆ドルリスク”を読む――AI相場の陰で投資家が本当に警戒すべきもの
いま市場で最も目立つ話題は、中東情勢、AIバブル論、そしてソフトウェア株の急落です。ですが、Prof G Marketsに出演したスティーブ・アイズマン氏が強調したのは、本当に危ないのは「みんなが見ているリスク」ではなく、「規模が大きいのに中身が見えないリスク」だという点でした。番組内で氏は、長期的に最も気になる論点として「AI投資の回収問題」と「2兆ドル規模の私募クレジット」を挙げています。
1. いま市場が見ているものと、見落としやすいもの
足元で目立つのは、AI関連株とソフトウェア株の激しい値動きです。Reutersによると、1月末には、SAPとServiceNowの決算をきっかけに、米ソフトウェア株が「AI disruption fears」で大きく売られ、S&P500ソフトウェア・サービス指数は9カ月ぶりの安値を付けました。しかもServiceNow自体は、2026年度のサブスク売上見通しが市場予想を上回り、Q4売上も前年比20.5%増でした。つまり、悪い数字が出たから売られたというより、将来不安の物語が先に株価へ織り込まれている状態です。
アイズマン氏の見方もここに近い。AIがSaaSを直ちに壊している証拠はまだ業績には出ていないが、投資家はすでに「最悪の未来」を価格に入れ始めている、という整理です。
2. AIの本当のリスクは「需要崩壊」ではなく「投資回収」
番組で印象的だったのは、アイズマン氏が「Nvidiaの四半期が急に崩れる」といった短期悲観をあまり重視していない点です。むしろ本質は、これだけ巨額の投資に見合うリターンが出るのかにある、と語っています。
この問題意識は、公開データとも整合的です。Reutersは、Bridgewaterの見通しとして、Alphabet、Amazon、Meta、Microsoftの4社だけで2026年のAI投資が約6500億ドルに達する可能性を報じました。2025年の約4100億ドルからさらに増える計算です。
つまり、いまのAI相場は、「需要が本物か」という初期段階を越え、投下資本利益率の検証フェーズに入りつつある。AIは成長テーマであり続けても、最初の勝者がそのまま最終勝者になるとは限らない。アイズマン氏が「ドットコム初期の企業と、その後に勝った企業は別だった」と示唆したのは、この点でしょう。
3. では、なぜ“見えない2兆ドル”が怖いのか
もっと重要なのが、私募クレジットです。Moody’sは2026年にこの市場のAUMが2兆ドルを超えると見ています。Reutersも直近、BlackRockが旗艦ファンドの解約を制限したニュースのなかで、私募クレジット業界を2兆ドル規模と表現しました。
問題は規模だけではありません。アイズマン氏が繰り返し強調したのは、データの乏しさです。2008年のサブプライム危機では、少なくとも証券化商品の月次データを追うことができました。ところが、私募クレジットは、巨大化しているのに透明性が低い。だから「悪い債権が点在している」ことは見えても、全体でどこまで傷んでいるかが分からないのです。
Reutersが3月6日に報じたBlackRockの件は、その不透明さを投資家が意識し始めたサインです。HPS Corporate Lending Fundでは12億ドルの解約請求が出て、支払いは6.2億ドルに制限されました。記事では、流動性の低いローン資産と投資家の換金要求の間にある「構造的ミスマッチ」が指摘されています。しかも同ファンドの19%がソフトウェア関連です。
4. AI売りと私募クレジットは、実はつながっている
ここが投資家にとって一番重要です。
もしAIがソフトウェア企業のマルチプルを圧縮し、資金調達環境を悪化させるなら、その企業群に貸している私募クレジット側にもストレスが波及します。Reutersは、AI不安のなかでソフトウェア株が全面安になったこと、そして、BlackRockの私募クレジット・ファンドでもソフトウェア向け融資の比率が高いことを伝えています。
要するに、表で起きているのは「ソフトウェア株のバリュエーション調整」ですが、裏で起きうるのは「そのソフトウェア企業を支えてきた非公開クレジットの再評価」です。アイズマン氏が怖がっているのは、まさにこの二段構えです。
5. すぐに2008年型危機になるのか
ここは冷静に見る必要があります。アイズマン氏自身も、今回は2008年のように銀行システム全体が崩れる話ではない、としています。銀行は、当時より資本が厚く、直接の主役は、銀行よりも、PE系運用会社やそれに結びついた保険会社だという見立てです。
実際、ReutersのOracle報道からも分かるように、AI投資は、企業のキャッシュフローを圧迫しうる一方で、資金調達やコスト削減で延命される余地も大きい。Oracleは、AIデータセンター拡張で資金繰りが厳しくなり、大規模な人員削減を計画していると報じられました。これは「AIが雇用を即破壊した」というより、AI投資の資金負担が企業経営を圧迫している例として読む方が自然です。
つまり、いまは「崩壊」よりも「圧力の蓄積」を見る局面です。
6. 投資家が持つべき視点
この回の本質は、センセーショナルな終末論ではありません。むしろ逆で、終末論はだいたい当たらないが、データの乏しい巨大市場は怖いというメッセージです。
短期では、イラン情勢や原油の値動きが相場を揺らすかもしれません。ですが中期で見るなら、より大事なのは次の2点です。
第一に、AI投資が本当に利益へ転化するのか。
第二に、その期待の裏側で膨らんだ私募クレジットが、景気減速や信用サイクルの悪化に耐えられるのか。
市場は見えるリスクにはすぐ反応します。しかし、あとから効いてくるのは、たいてい「見えにくいが、規模の大きいもの」です。今回で言えば、それがAI回収問題と2兆ドルの私募クレジットだと言えます。
まとめ
いまの相場をひと言で言えば、表ではAI、裏では信用です。
ソフトウェア株の急落は、AIが既存ビジネスモデルを壊すかもしれないという恐怖を映しています。けれど、より深い層では、その企業群に資金を流してきた私募クレジット市場の健全性が問われ始めている。
アイズマン氏の議論が面白いのは、「次の2008年が来る」と煽ることではなく、データが薄いまま巨大化した市場にどう向き合うかを投資家に考えさせる点です。
見えないものほど、遅れて効く。
その感覚を持てるかどうかが、次の数年の投資リターンを分けるかもしれません。

