AI時代に生き残るSaaS企業の見分け方――Atlassian CEOが語る「次に強いソフトウェア」の条件
「SaaSアポカリプス」という言葉が、2026年のソフトウェア市場を象徴するキーワードになっています。Reutersによれば、米ソフトウェア株はAIによる競争環境の変化を懸念して大きく売られ、1月末から2月にかけてセクター全体の再評価が進みました。
その中で、a16zのポッドキャストに登場したAtlassian CEOのMike Cannon-Brookes氏は、かなり冷静な見方を示しました。要点はシンプルです。AIは、SaaS全体を壊すのではなく、SaaSの中で、“何が本当に価値だったのか”を選別し始めているということです。
この視点は、投資家にもビジネスマンにも重要です。
なぜなら、これから問われるのは「AIを載せたかどうか」ではなく、そのソフトウェアが企業のどの仕事を握っているのかだからです。
1. まず押さえるべき現実:リスクは確実に上がった
Cannon-Brookes氏は、今の市場について「ソフトウェアは、以前より明らかにリスク資産になった」と認めています。これはかなり重要な発言です。
実際、Reutersも、AIの進化によって従来のSaaS企業の競争優位が揺らぐとの見方から、投資家がソフトウェア株全体を再評価していると報じています。
ただし、Atlassian自身の足元は悪くありません。Atlassianの2026年度第2四半期の株主向けレターでは、売上高は前年比23%増の16億ドル、RPOは44%増の38億ドル、Rovoは500万MAU超と説明されています。
つまり、今の市場は、「業績が悪いから売っている」のではなく、2〜3年後にSaaSの収益モデルそのものがどう変わるか分からないから売っている。ここが今の論点です。
2. SaaS企業は3種類に分かれる、という視点
2-1. 座席課金が“仕事そのもの”に結びついている会社
ポッドキャストの中で印象的だったのは、SaaS企業をざっくり3つに分ける考え方です。
1つ目は、ユーザー席数が、そのまま成果物の量に結びついている会社です。たとえば、カスタマーサポートのように、人が画面を開いて処理すること自体が仕事になっている領域です。
このタイプは、AIエージェントが最も強く圧力をかけやすい。なぜなら、AIがその作業を代替できるなら、席数が減る可能性があるからです。市場がZendeskのようなカテゴリを神経質に見ている理由はここにあります。Reutersが報じたソフトウェア売りも、この「AIが座席需要を削るのではないか」という不安とつながっています。
2-2. 座席課金が“公平な価格づけ”にすぎない会社
2つ目は、席数で課金しているが、実際には仕事の代替対象ではない会社です。
典型例として挙げられていたのが、Workday的な発想です。従業員数ベースで課金していても、社員一人ひとりがWorkdayを使って成果物を出しているわけではありません。むしろ、企業の人事・雇用・ガバナンスのルールを保持していること自体が価値です。
このタイプは、AIで置き換えられるというより、AIを最も載せやすい土台になりやすい。なぜなら、AIが仕事をするには、正しいデータ、権限、業務ルールが必要だからです。Atlassianが、Teamwork Graphを強調しているのも同じ発想です。Atlassianは公式に、Teamwork Graphが1000億超のオブジェクトと関係性を持ち、Rovoやエージェント機能の基盤になっていると説明しています。
2-3. その中間にいる会社
3つ目は、その中間です。
AdobeやSalesforceのように、業務の前面に出るUIと、企業データや業務ルールを持つバックエンドの両方を担っている会社です。
このタイプは最も議論が難しい。フロントエンドの利用席数は減るかもしれない一方で、バックエンドとしての価値はむしろ高まる可能性があるからです。
つまり、AI時代の勝敗は、「SaaSかどうか」ではなく、「どの層を握っているか」で決まる、という整理です。
3. 「システム・オブ・レコード」より、「業務プロセス」を握っているか
Cannon-Brookes氏がもう一つ強調していたのは、企業を「データの保管庫」と見なす発想から、「業務プロセスの集合体」として見る発想への転換です。
これはかなり本質的です。
企業の価値は、単にレコードを持っていることではなく、そのデータの上でどんな承認、確認、エスカレーション、法令対応、社内連携が行われているかにあります。
Atlassian自身のAI戦略もここに沿っています。Jira向けAIエージェントの発表では、同社は、Rovoエージェントに加えて、MCP対応のサードパーティーエージェントを既存ワークフローに組み込めるようにしていると説明しました。要するに、AIを“別アプリ”として売るのではなく、既存の業務プロセスの中に差し込む方向です。
この視点で見ると、AI時代に強いのは、「派手なチャットUIを持つ会社」より、企業内の仕事の流れを深く理解している会社です。
4. Vibe Codingは脅威か、それとも追い風か
最近は、「誰もが自分で業務アプリを作れる」「SaaSは不要になる」という議論も増えています。
しかし、このポッドキャストでは、その見方にはかなり懐疑的でした。理由は単純で、企業ソフトウェアには、膨大な例外処理、法規制、権限管理、承認フローが埋め込まれているからです。
一方で、Vibe Codingが、完全に無意味という話でもありません。Atlassianの見立てはむしろ逆で、AIによるコーディングは、既存SaaSの上に小さな拡張や個別アプリを載せる力として効く、というものです。
つまり、WorkdayやJiraそのものを置き換えるのではなく、その上に「マイアミ支社だけの特殊ルールに対応したアプリ」を安く作れるようになる。これは、SaaSを壊すというより、SaaSをもっと企業に食い込ませる方向に働く可能性があります。
5. AI時代にもっとも過小評価されているのは「デザイン」
Atlassian CEOの話で特に良かったのは、技術ではなくデザインと体験をかなり重視していたことです。
モデル性能はすでに高い。しかし、多くのユーザーは、その力を十分に引き出せていない。これはテクノロジーの問題というより、使い方の設計の問題だ、という指摘です。
たとえば、AIに仕事を任せるとき、ユーザーは「何をしたのか分からない」ことを怖がります。
確認を入れすぎると面倒になる。
確認を減らしすぎると信用できない。
この「人間とエージェントの往復回数」をどう設計するかが、実は企業導入の最大論点だというわけです。
この考え方は、エンタープライズAIの実装現場ではかなり重要です。
技術者の視点では、「こんなこともできる」が先に立ちますが、現場ユーザーに必要なのは「今の業務が少し早く、少し正確になり、しかも怖くない」ことだからです。
6. Atlassianは何をやっているのか
Atlassian自身は、この変化にかなり実務的に対応しています。
同社の説明をまとめると、やっていることは3層あります。
1つ目は、既存業務の改善です。たとえば、Jira Service Managementのチケット要約のように、今ある仕事を速くする。
2つ目は、エージェントを既存ワークフローに差し込むことです。
3つ目は、将来的にはワークフローそのものを作り替えることです。
この順番が重要です。
市場は、派手な“全面自動化”に目を奪われがちですが、企業が本当に欲しいのはまず既存業務の改善です。Atlassianが、それを理解しているからこそ、RovoやTeamwork Graphを“未来の夢”ではなく、“今の仕事を少し良くする道具”として売ろうとしているのだと思います。
7. まとめ:AI後の勝者は「AI企業」ではなく「業務を握る企業」
SaaSアポカリプスという言葉は刺激的ですが、少し雑です。
正確には、SaaSが死ぬのではなく、SaaSの価値の源泉が問われている。
AI時代に強い会社は、おそらく次の特徴を持ちます。
企業データを持っている。
業務プロセスを握っている。
その上でAIを安全に差し込める。
さらに、ユーザーが怖がらず使える体験を設計できる。
Atlassianの議論は、まさにそこにありました。
AIの時代に価値が増すのは、派手なデモを出す会社ではなく、企業の仕事そのものに深く入り込んでいる会社かもしれません。

