なぜ“Benchmark”がVCの中で伝説的存在なのか②
あるベンチャーキャピタル(VC)には、毎週のように開かれる三時間以上にも及ぶディナーがあります。多くのVCファームは、定例ミーティングや書類作成・意思決定プロセスを厳格に設定しがちですが、このファームのやり方は一風変わっています。形式的なアジェンダはなく、食事をともにしながらひたすら「自由な会話」を楽しむ。この時間こそが、投資家同士の信頼を深め、知的好奇心を刺激し、ゆるぎない連帯感を育むというのです。
実際に筆者が話を伺ったのは、Benchmark(ベンチマーク)というシリコンバレーを代表するVCのパートナー陣。彼らは、UberやTwitter、Instagram、Snapchatなど、時価総額数千億円から数兆円規模に成長した企業の黎明期に投資し、数々の伝説を生み出してきました。にもかかわらず、オフィス内にわざわざ専用のダイニングスペースを設け、長時間の夕食会を毎週のように行う。それはなぜなのか? 単に“仲良しクラブ”を作るためではなく、まさに「創造的な火花を散らすための場」として設計されているからです。
1. Benchmarkが掲げる“平等なパートナーシップ”──5人のGPが全員同格
Benchmarkで特筆すべきは、パートナーシップにおける完全な平等性です。典型的なVCファームでは、シニアパートナー、ジュニアパートナーという序列が存在しがちで、投資案件を事前に根回ししたり、メモを回覧したり、最終的には「合議制」という名のトップダウンが行われるケースも少なくありません。ところがBenchmarkでは、それらが一切ありません。全員がイコールパートナー(=GP)としてフラットに発言権を持ち、「事前の根回し禁止」、「投資決定のための長大なメモ作成禁止」という徹底したルールを保っています。
投資提案は、メモよりも“ライブの議論”で
彼らの月曜ミーティングにはアジェンダがなく、社内のCRM(顧客管理ソフト)すらない。創業者がプレゼンを行う場合も、ロジカルな投資メモを書く代わりに、「チーム全員が直接創業者と対話し、その場で真実を探る」スタイルにこだわります。いわゆる資料は極力削ぎ落とし、実際に事業ビジョンと創業者の人間性を深く理解することを重視しているのです。プレステージより大切な“誰が次のGPになるか”
ベンチマークでは原則「同時に5〜6名ほどのパートナー」で運営され、追加のパートナーをむやみに増やさないのが特徴です。いわゆる巨大化とは無縁で、なぜなら「大人数になればなるほど、意思決定が曖昧になり、責任がボヤける」と考えているからです。一方で新たなGPを招く基準は厳格。「実際に同じボードに入り、何百時間も一緒に修羅場をくぐった相手」であるかが最重要だと語られており、単なる経歴の凄さやラベルではなく共同作業を通じた“現場感”が肝となります。
2. なぜ“成長ステージ”の巨大ファンドを作らないのか?
近年のベンチャー投資のトレンドとして、初期投資だけでなく「グロースファンド」と呼ばれる大型の追加投資用ファンドを併設する動きが盛んです。UberやAirbnbといった急成長企業が、シリーズB・C・Dとステージを重ねる度に、同じVCが追随して多額の追加出資を行うパターンは珍しくありません。大きな資金をいち早く出せる体制を作るほど、成功案件へのコミットを高め、リターンを最大化できる――というのが一般的な見方でした。
しかし、Benchmarkはこの風潮に対しても明確に距離を置いています。
大規模な追加資金より大切なこと
彼らいわく、「大きな資金を後追いすることよりも、最初の1回目の投資で腰を据えてコミットすることにこそ価値がある」とのこと。追加投資の判断をするたびに、VC側に “その案件の株価をなるべく安く買いたい” といった利害が芽生えると、創業者との信頼関係にひずみが生まれがち。企業側にとっては高い評価額で調達したい一方で、既存株主(VC)が「自分に有利な条件で追加出資したい」という状況になれば、両者の思惑は微妙にずれます。
Benchmarkの場合、それが起きません。1度目の投資を決めた段階で「最後までサポートする」という揺るぎない姿勢を取り、次のラウンドでは企業に最も有利な条件で外部投資家を呼び込むことを全力で支援します。結果的に、創業者の持株比率は維持されやすく、企業としても最適な投資家を選べる。互いのインセンティブが整合し続けるのです。ファンド複数化のメリットよりも、大切な“集中”
もちろんベンチャーキャピタルにとっては、巨大グロースファンドを作ることで手数料収入が増えたり、追加投資のオプションを持つことで“総キャッシュリターン”は膨大になる可能性もあります。それでもBenchmarkは「自分たちの情熱は“初期段階の創業者と深く伴走する”ことにある」と断言し、あえて拡大路線を取らない。
膨大な人員や周辺事業を抱えれば、パートナー同士のコミュニケーションや透明性が薄れ、さらに“調達した巨額ファンドを配分する”という事務作業に追われてしまう。「本当にやりたいことは何か?」という問いの答えが、“初期の創業者を支える”に絞り込まれているため、グロース投資の世界には踏み込まないのです。
3. 資金調達の実際──「最初の面談」が勝負を分ける
では、Benchmarkから資金を引き出す(=出資を得る)には、具体的にどうすればいいのでしょうか。ここでは、同社パートナー陣が強調していた“独特な資金調達フロー”を整理してみます。
事前メモや根回しは禁止──「ファーストミーティング」に全集中
一般的なVCでは、創業者のピッチを聞く前に「社内用投資メモ」を回し、合意を取っておくことが多いです。しかし、Benchmarkでは「事前の根回し禁止」という原則があるため、いきなりパートナー全員が同席する場で創業者のプレゼンを受けます。つまり、創業者が全員と同時に出会い、一度に質問を受け、その場の生々しい空気感で投資検討が進むのです。ロジックよりも“創業者の洞察”を重視
彼らいわく、スタートアップの初期にビジネスモデルを細かく数値化しても大抵は意味がなく、むしろ“誰も気づいていない市場のヒントや未来観を持っているか”を見極めることが重要です。特に、「最初の3分で創業者が語る独自の発見やビジョン」に注目し、それが腑に落ちるかどうかが肝だといいます。投資の意思決定は驚くほど早い
彼らは「やると決めたら即座にやる」タイプでもあります。実際に「1日以内に投資を決断したケース」もあるというから驚きです。これはパートナー同士の信頼が厚く、全員が初回ミーティングに参加しているため追加の社内プロセスが不要なのが要因です。投資後の支援──“電話一本でフル稼働”
彼らは投資後が勝負と考えています。深夜の緊急電話で呼ばれれば、「ヨーロッパへ飛んでいくことすら辞さない」というエピソードもあるほど。VCの役割がただのお金出しではなく、経営の要所要所で創業者の決断を支える“最強の参謀”であるべきというのがBenchmark流の哲学です。
4. “大失敗案件”さえも称えるカルチャー
またBenchmarkのユニークさは、投資がうまくいかないケースへの姿勢にも現れます。彼らは「Webvan(初期のネットスーパー)」、「Docker(当初のビジネスモデル構築の失敗)」のように、多額の資金を投じながらもうまくいかなかった案件を“悪い投資ではなかった”と振り返ります。
「進むべき道だったなら、挑む価値はあった」
たとえ結果が失敗に終わっても、「そこに明確な未来が見えたなら、挑むべき投資だった」という考え方です。特にテクノロジーの世界では、インパクトあるプロダクトを生む過程での試行錯誤が極めて重要。やがて別のピボットや、創業者の次の挑戦で花開く可能性もあります。不確実性の高い“変化の最前線”を追う
成功確率を数字で厳密に推定し、リスクを回避するよりも、大化けする可能性がある初期段階に賭けるのがスタートアップ投資の醍醐味。ここでVC側が慎重になりすぎると、次のUberやInstagramを逃してしまいかねません。失敗を恐れず最先端の変化を追いかけ、そこにコミットしきる姿勢こそが、累計成功案件の宝庫を築いてきた要因だ
5. 今後の展望と“破壊的イノベーション”への期待
近年のVC界隈では、暗号資産やAI、バイオテックや宇宙ビジネスなど、かつてない領域へ投資が波及しています。Benchmarkにおいても、たとえ過去のポートフォリオが“消費者向けサービス”に偏っていようと、次の波が“エンタープライズ”に傾こうと、常に「徹底した好奇心」で新分野を開拓し続ける方針に揺らぎはありません。
重要なのは、その分野の専門性よりも「破壊的イノベーションの萌芽を見抜き、創業者と心から向き合えるか」だと言います。創業者自身が誰よりもその領域に深い洞察を持ち、かつ市場を大きく動かす熱量を備えている――そんな人物と同じ“テーブル”に座り、何時間も語り合う。そのプロセスを通じてこそ、新しい世界を切り開く一歩が生まれるのです。
BenchmarkというVCファームが行う「週一のディナー」には、ビジネス・投資という枠を超えた深い人間的交流があります。彼らが投資先を絞り込み、巨大ファンドの運用を避け、初期投資に全力を傾けるのも、創業者とVCの利害が衝突せず、本質的に世界を変えるプロジェクトに没頭できる環境を守るためだといえるでしょう。
資金調達を望む創業者にとっては、「まずは彼らのパートナーとの対話で相互理解を得ること」が何より大切となります。数字ではなく、創業者がどんな洞察を持ち、どんな社会課題をどう解決しようとしているのかが問われる。Benchmarkの資金が入れば、その後の追加調達でも優位に立ちやすく、彼ら自身が“売り手”となり最適な投資家を選べる構造も手に入る。
最先端テックがめまぐるしく進化する時代だからこそ、「どのVCから資金を受けるか」以上に「どんな価値観のパートナーに寄り添ってもらうか」が企業成長のカギを握ります。Benchmarkのディナーは、それを象徴する「好奇心を共有する場」。長い時間をかけて共に語り合い、緊密な連帯を築く――そのアナログなアプローチこそが、世界を塗り替えるスタートアップのための土壌を耕しているのです。
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