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なぜ“Benchmark”がVCの中で伝説的存在なのか①

シリコンバレーの名門ベンチャーキャピタル(Venture Capital: VC)を挙げると、多くの人は Sequoia Capital や Andreessen Horowitz の名を思い浮かべるでしょう。しかし、“Benchmark Capital”(以下Benchmark)は、創業期から他のどのVCとも違う独特のアプローチを貫き、歴史に残る伝説的な成功を収めてきました。


その成功を語るうえで欠かせないのが、eBayUberSnap (Snapchat)InstagramRiot GamesDiscordAsanaなど、私たちの生活やエンターテインメントの在り方を変えてきた企業への投資実績です。さらに特徴的なのは、その小さなチーム構成(少数精鋭のパートナー)と全パートナーが経済的にも対等であるという「イコール・パートナーシップ(equal partnership)」の仕組み。また、近年のスタートアップ界隈では当たり前になっている「経営支援プラットフォーム」や「成長ファンド」、「大規模多拠点展開」などをほぼ行わないにもかかわらず、高いリターンを叩き出すという事実が、多くの起業家・投資家の羨望を集めています。

本稿では、Benchmarkがいかにして創業し、どのような投資哲学や資金調達のアプローチで数々の成功を築いてきたのか、そしてこれからどんな挑戦を続けていくのかをわかりやすく解説します。

第1章:誕生の背景——“イコール・パートナーシップ”へのこだわり


1-1. 旧来のVC構造への挑戦
Benchmarkの創業メンバーは、1990年代当時のシリコンバレーVCにありがちだった「シニア・パートナーが経営権と管理会社(マネジメントカンパニー)の大半を支配し、若手パートナーは立場が弱い」という構造に疑問を抱いていました。創業者の一人であるボブ・ケーグル(Bob Kagle)は、特に全員が対等に意思決定し報酬を分かち合うべきだという強い信念を持っていたのです。

こうして1995年前後、メリル・ピッカード(Merrill Pickard)やTVI(Technology Venture Investors)といった既存VCから独立したメンバーが合流し、「Benchmark Capital」を立ち上げました。これがシリコンバレーにおいて画期的だったのは、パートナー全員が同じキャリー(成功報酬)比率をもつ完全対等という点です。従来型の「誰がどの投資を成功させたか」による社内競争を排し、パートナー同士が“協力して価値を出す”インセンティブを強力に働かせたのです。

1-2. 初期ファンドの苦闘と“少数精鋭”の決断
Benchmark Fund 1(初期ファンド)は、約8,500万ドルという比較的コンパクトな規模でスタートしました。ところが有名大学のエンダウメント(大学基金)など一部のLP(出資者)からは「なぜ実績のない新興VCに、しかも通常の20%より高い30%キャリーを支払わなければいけないのか?」と猛反発を受けます。それでも粘り強い説得と、逆に「だからこそ私たちは圧倒的リターンを狙う」という強気の姿勢によって、最終的に資金を集めることに成功しました。

創業からしばらくは、特筆すべき投資案件も少なく、パートナー間ですら「本当にうまくいくのか」という不安が漂います。しかし、彼らは「ファンドサイズを大きくせず、パートナーを増やしすぎず、一人ひとりが全案件に深くコミットする」という方針を崩しませんでした。

第2章:一気に名声を高めた“eBay”への投資


2-1. “6.7百万ドル”が“40億ドル”に化けた衝撃
Benchmarkの名を一躍スターダムに押し上げたのがeBayへの投資です。創業者ピエール・オミダイア(Pierre Omidyar)が自宅サーバで個人オークションサイトを運用していた段階で、Benchmarkは、約670万ドルを2,000万ドル(プレマネーバリュエーション)前後という条件で投資を決定しました。当時は、「オンラインでビンテージ品や個人所有品を売り買いするなんて、ごくニッチだ」という見方が大半でした。

ところが、1998年にeBayがNASDAQへ上場すると株価が急騰。ロックアップ解除後には、Benchmarkの持ち分は時価40億ドル前後となり、たった2年足らずでファンド全体を約47倍近くにしてしまうという“伝説”を打ち立てたのです。LP(出資者)たちは莫大なリターンを得、Benchmarkの名声は確立されました。

2-2. “サービス=経営支援”ではなく“投資家はあくまで脇役”
eBay案件で注目すべきは、当時一般的だった「VCが強引に経営陣を入れ替える」、「ポートフォリオ企業同士の無理な提携を押し付ける」といった手法をBenchmarkは取らなかったことです。彼らはあくまで創業者であるピエールと、その後招聘したメグ・ホイットマン(Meg Whitman)CEOのビジョンを尊重し、必要な場面で人材紹介や資金面のサポートをしつつも、経営の主体は起業家であると考えていました。

また、CEOリクルーティングを担当したパートナーのデビッド・バーン(David Beirne)は、もともとエグゼクティブ・サーチ企業出身で、「ベンチャーキャピタリストはサービス業」という認識を強く持っていました。これがeBay成功の裏にある“過干渉しすぎない”投資スタイルの大きな要因になったとも言われます。

第3章:拡大と迷走——一度は“大型ファンド”や海外進出も挑戦


3-1. “成功の代償”:ファンドサイズ拡大と欧州・イスラエルへの進出
eBay投資の成功によって、Benchmarkの評判は爆発的に高まりました。世界中の大企業や機関投資家が「ぜひ一緒にジョイントベンチャーを組みたい」「大型ファンドを作ってほしい」と要望を持ちかけてきます。その結果Benchmarkは、10億ドル規模の第四ファンドを立ち上げ、さらにヨーロッパ(ロンドン拠点)やイスラエルにも別ファンドを設立。パートナー数は増え、組織としての複雑さも急上昇しました。

ところがこの「拡大路線」は、従来のBenchmarkが強みにしていた「少数精鋭、個々の案件へ深くコミット」、「明確なイコール・パートナーシップのもと、パートナー同士の連携を最大化する」というスタイルと明らかに相性が悪かったのです。ボードシート(取締役ポジション)やディールの検討案件が激増し、また海外チームとの意思疎通にもコストがかかるようになっていきました。

3-2. “Facebook”“Google”を逃す痛恨の見落とし
実際この拡大期には、GoogleやFacebookといった“時代を変える超大型スタートアップ”の投資機会を逃しています。業界最大級のファンドを運用しながら、最重要案件を手中にできなかったのです。結局、欧州やイスラエルの拠点はBalderton CapitalやBenchmark Israel(のちに独立)としてスピンアウトしていき、巨大化したファンドサイズもリストラ。創業者の何人かは引退、もしくはパートナーから退きます。

この経験はBenchmarkにとって大きな教訓となり、再び「初心回帰」へ向かう転機となりました。

第4章:復活の“Fab Four(ファブ・フォー)”時代とさらなる大成功


4-1. ビル・ガーリー(Bill Gurley)の加入
90年代終盤から2000年代初期にかけてパートナー入りした大物が、後に“カリスマ”と称されるビル・ガーリー。元アナリストとして市場分析に長け、かつスタートアップと真摯に向き合う姿勢で、OpenTableZillow、Grubhub、そしてUberなど大ヒット案件を連発しました。彼が得意としたのは、市場規模やユニットエコノミクスの徹底検証。マーケットプレイス(取引仲介型ビジネス)の構造を見抜き、投資先を選び抜く力は伝説的といえます。

4-2. “小さなファンド+最強の4人=圧倒的成果”
特に2011年前後に集結した4名のパートナーは“Fab Four”(The Beatlesの異名にちなむ)と呼ばれました。

  • ビル・ガーリー:マーケットプレイスの魔術師

  • ピーター・フェントン(Peter Fenton):エンタープライズ&SNS投資のスペシャリスト(Twitter、New Relic、Elasticなど)

  • ミッチ・ラスキー(Mitch Lasky):ゲーム産業やSnap(Snapchat)投資で大成功

  • マット・コーラー(Matt Cohler):Facebook初期社員としてソーシャルの本質を知り尽くした消費者向け投資の切り札

この4人により組成されたBenchmark Fund 7(5.5億ドル規模)は、Uber、Snap、Discord、WeWork、Stitch Fixなど、何を引いてもメガヒット級の案件を包含。とりわけUberは、シリーズAで1,000万ドル投資し、企業価値6000万ドル→数百億ドル以上という驚異的なリターンをもたらしました。一部推計ではFund 7だけで25倍超のリターンを実現したとも言われます。

第5章:Uberをめぐる衝突と“パートナーシップ”のゆくえ


5-1. 急成長がもたらす“軋み”
Uberは、短期間で数百億ドルのバリュエーションに達し、巨大なプレッシャーが生まれました。2017年前後、同社はセクハラ告発や経営体制の問題で深刻なイメージダウンに直面。Benchmarkパートナーのビル・ガーリーは、「企業価値や資金調達を追い求めるあまり、コーポレートガバナンスが崩れている」と警鐘を鳴らします。

最終的にBenchmarkは創業者トラビス・カラニックを訴訟にまで踏み切り、CEO退任につながりました。シリコンバレーでは「創業者を訴えるVCはもう信用されないのでは」と大きく騒がれましたが、結果としてUberのガバナンスは再編され、企業としてはIPOへと進んでいきます。

5-2. “信頼”と“利害”のせめぎ合い
この出来事は一部で「Benchmarkの評判に傷をつける」と言われる一方、多くの起業家は「大事なときに本気で経営を正そうとしてくれるVC」と好意的にもとらえます。実際、その後もBenchmarkの投資案件には優秀なスタートアップが殺到しており、彼らのブランドやネットワークは揺るぎませんでした。しかし、Uber騒動を通じて“Fab Four”体制にも変化の兆しが見えはじめ、パートナーの引退や後進への交代が進んでいきます。

第6章:新世代へ——“変わらぬ原則”と“進化する挑戦”


6-1. 徹底した“少人数・対等”主義の継承
現在のBenchmarkは、ピーター・フェントン以外の“Fab Four”メンバーが退き、そこにエリック・ヴェシュリア(Eric Vishria)やサラ・タベル(Sarah Tavel)チェイタン・プダゴンタ(Chetan Puttagunta)、さらに2022年にはマイルズ・グリムショウ(Miles Grimshaw)など新世代パートナーが加わっています。いずれも過去に起業や投資の実績がある少数精鋭で、同等のキャリーをシェアし合うというBenchmark流のルールを引き継いでいます。

6-2. “成長ファンド”も“巨大支援チーム”もない戦い方
他の著名VCは、「シードからレイトステージ(成長投資)まで」をワンストップで提供する方向に舵を切っていますが、Benchmarkはいまだに“1ステージ特化”を崩していません。彼らの哲学は一貫して「VCが経営に入り込みすぎるより、創業者の主導を尊重するべき。小規模のファンドであっても、チーム全員が深く関わるほうが大きな価値を生める」というものです。

もちろん、市場の潮目が変化する中でBenchmarkもさまざまな試行錯誤をしています。チェイナリシス(Chainalysis)のような暗号資産領域への投資や、データ分析やインフラ系スタートアップなど、新テーマへの取り組みも本格化。ただし、そこに大々的な「テーマ宣言」や「大型ファンド化」はなく、常に「創業者と製品・サービスの可能性に賭ける」姿勢を中心に据えています。

以上が、Benchmark Capitalの成長と迷走、復活、そして現在へと至る一連の軌跡です。創業以来掲げてきた「完全平等パートナーシップ」と「妥協なき少人数体制」は、VC業界の常識と真逆を行くスタイルですが、それがゆえに「大手には真似できない強み」を確立してきたとも言えます。起業家にとっては、資金調達のみならず、将来の大きな成長と成熟を後押ししてくれる絶妙な“伴走者”になるかもしれません。今後も彼らがどのような企業と共に未来を創り出していくのか——その動向から目が離せません。


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