「AIが普及するほど、Adobeへの需要は増える」——Adobe社長が語る、創造性とAIの交差点
CEOを退任し、InformaticaのCEOからAdobeの社長へ——Anil Chakravarthyのキャリアパスはユニークだ。Adobeのカスタマーエクスペリエンス・オーケストレーション事業を統括する彼が、Fortune誌のインタビューでAIとクリエイティブソフトウェアの未来を語った。
Adobeは、Photoshop・Acrobat・Fireflyなどで知られる創造性のプラットフォームだ。AIが映像や画像を自動生成できる時代に、なぜAdobeのツールが必要なのか——この根本的な問いに対するChakravarthyの答えは、投資家にとっても興味深い視点を含んでいる。
1. 「なぜAIがあってもAdobeが必要か」という問いへの答え
1-1. 基本機能の普及は差別化を難しくする——だからツールが必要になる
AIが動画を自動生成できるなら、Adobeは不要ではないか。Chakravarthyはこの問いに対し、逆説的な論理で答えた。
「基本的な機能が広く普及すればするほど、それを使って差別化し目立つことが逆に難しくなる。そこで私たちのツールが重要な役割を果たす」
動画や画像を「作る」ことはAIが担える。しかし「なぜ作るのか」「誰のために」「どんなブランドとして」という問いに答えるのは人間とツールの役割だ。Adobeはその「なぜ」の部分を支援するという立場だ。
1-2. デスクトップからSaaSへの移行で利用者が10倍超に
過去の移行期を振り返ると、Adobe自身が同様の問いに直面していた。デスクトップでのPhotoshop利用者が、SaaSへの移行でどれほど増えるかを懸念する声があった。しかし、実際には10倍以上に拡大したという。
「デスクトップ時代の同じ問いが出た。でもSaaSが普及すると、ユーザー数は10倍を超えた。AIについても同じことが起きると考えている」
創造性を持つ人間の数は、ツールが使いやすくなるほど増える——これがAdobeの基本的な成長テーゼだ。
2. CMOの役割はAI時代にどう変わるか
2-1. 「AIが同じなら、すべての銀行の広告も同じになる」
AI代理人が広告を設計・テスト・配信できるなら、CMOの仕事は何か。Chakravarthyは2つの銀行の例で説明した。
一方はハイネットワース顧客向けの高品質サービスをブランドとする銀行。もう一方は低コスト・シンプルさをブランドとする銀行。どちらも「銀行」だが、戦略は全く異なる。
「AIは同じAIだ。戦略の違いを理解しないまま使えば、どちらも同じマーケティングになってしまう。それではAIを使う意味がない」
2-2. CMOに求められる3ステップ
Chakravarthyが示したCMOの思考フレームは明快だ。まず「ビジネス戦略と顧客基盤を定義する」。次に「ブランドがそのビジネス戦略をどう増幅・保護するかを決める」。そして最後に「AIをどのプロセスと人材にどう組み込むかを決める」。
「この順番が崩れると、AIが何かを生成した後で『これは我々のブランドじゃない』と気づき、根本から修正することになる」
3. 4層AIプラットフォーム——Adobeが張る最大の賭け
Chakravarthyが、「5〜10年で最大のインパクトを持つ賭け」として語ったのが「Obiプラットフォーム」と呼ばれる4層構造だ。
3-1. 第1層:ユーザーインターフェース(会話型+従来型の融合)
会話型インターフェースと従来のGUIが同じコンテキストで使えるハイブリッドな設計だ。
3-2. 第2層:エージェントと推論
クリエイティビティ・生産性・マーケティングの各領域でAIエージェントを展開している。
3-3. 第3層:モデル
Adobeの独自モデル「Firefly」(画像・動画向け)を持ちながら、Google・Runwayなどのサードパーティモデルも統合している。「特定の目的には他社のモデルの方が優れている場合もある。それも統合できるようにした」
3-4. 第4層:データ——「顧客のデータは顧客のもの」
Adobeが強調したのはデータポリシーだ。「あるお客様のデータを使って別のお客様のために何かをすることは一切しない。データの収益化もしない。だからこそ幻覚(ハルシネーション)が起きず、実際に使えるものが生成される」
「この4層のうち1つだけを持つ会社では、顧客が実際に価値を得られるものを提供できない。すべての層が必要だ」という確信がAdobeの戦略の核心だ。
4. シート課金の行方——「予測可能性がどんな形でも残る」
AIが1人の仕事を10人分こなせるなら、シート(人数)課金モデルは崩壊するのでは——これも業界全体の問いだ。
Chakravarthyは、3つの観点でシート課金の存在意義を説明した。利用者の追跡可能性・予算の予測可能性・長期的なパートナーシップの担保だ。
「シート課金に代わるものが何であれ、予測可能性という要素は残るはずだ。それが顧客の要求でもある」
新しいAIツールの中にもシート課金を採用するものがある事実を指摘しながら、「価値の実現と価値の確認(顧客が自社のビジネス成果として認識できること)」を軸に柔軟に変化していくという見方を示した。
5. 非技術系リーダーへの問いかけ——「どこを自社で作り、どこを外部に頼るか」
5-1. 「自社でメールシステムを作り続けた10年間」という教訓
Chakravarthyは、クライアントサーバー時代の例を挙げた。当時、多くの企業が自社でメールシステムを構築した。しかし、15年後には「MicrosoftやGmailに切り替えれば良かった」と気づく。
「AIの時代でも同じ判断が求められる。どのプロセスを自社ソフトウェアで自動化すべきか、どこはサードパーティに任せるべきか。それは技術的判断であると同時にビジネス判断だ」
5-2. 「変革のスピード」と「顧客が価値を受け取るスピード」の調整
最もアンダーレートな経営スキルとして挙げたのが「スピードの調整」だ。
「AIは100マイルで走っている。顧客は10マイルで動いている。どこを100マイルで走り、どこを10マイルに合わせるか——これが変革期のリーダーシップの本質だ」
どちらかに偏ると、3年後に顧客の信頼パートナーではなくなる。
まとめ——「全4層を持つ企業が残る」
Adobe社長Anil Chakravarthyが語ったメッセージは一貫している。AIは「差別化のためのツール」だが、差別化の前提はビジネス戦略とブランド理解だ。創造性は普及するほど価値が増し、そのための本格的なプラットフォームを持つ企業が長期的に強い。
「Acrobatの月間アクティブユーザーが7.5億人」という数字は、Adobeの潜在的な配布能力の証拠だ。4層プラットフォームを通じて、その基盤をAIで再定義しようとしている。
