AIは本当に儲かるのか?──Groq&Cohere CFOが語る「ROI over AGI」のリアル
――「AIは本当に儲かるのか?」
生成AIブームの熱狂とは裏腹に、現場のビジネスパーソンの頭の中には、いつも同じ問いが渦巻いています。
「このAI投資、本当に回収できるのか?」
Big Technology Podcast の公開収録で、Groq(推論チップのスタートアップ)のCFO Simon Edwardsと、Cohere(エンタープライズ向けLLM企業)のCFO François Chadwickが、この「AIのROI(投資対効果)」をめぐって率直に語りました。
1. MITは「95%がROIなし」、Whartonは「74%がROIあり」という矛盾
議論の出発点は、真逆の結論を出した2つの研究です。
MITの研究:
→「AI導入企業の95%はROIが出ていない」Whartonの研究:
→「AI導入企業の74%はROIが出ている」
どちらも一流ビジネススクール。なのに結果はほぼ正反対です。
CohereのChadwickは、このギャップを「タイムスタンプの違い」で説明します。
MITの調査時点:多くの企業はまだPoC(概念実証)段階。
社内インフラも、業務プロセスも、「AI前提」に作り替わっていない。
そのため、「お試しで終わり、ROIが見えない」状態が多数。
一方、Whartonの調査が行われた頃には、
PoCを越えて本番運用に入った企業が増え、
ROIを測るためのプロセスや指標がようやく整ってきた。
つまり、「AIには価値がない」から「価値がないように見えていた」へとフェーズが変わった、というのが彼らの見立てです。
2. 現場の実感 vs 経営陣の期待:誰が「ROIあり」と言っているのか
ただし、Whartonの研究にも重要な“差し込み注”があります。
ROIを「測っている」と答えた企業のうち、74%がROIありと回答
そもそも「ROIを測っている」と答えた企業は、全体の約75%に過ぎない
さらにデータを分解すると、VP以上(経営層)のほうが、マネジャー層よりも「ROIあり」と答える比率が高いことも示されました。
司会のAlex Kantrowitzはここを突きます。
経営陣はAIに期待して「ROI出てます」と言いがちだが、
実際にツールを触っている現場は、もっと冷静なのではないか?
これに対してChadwickは、Cohereの顧客の例を挙げます。
あるグローバル企業は、わずか2週間で4〜5件のユースケースを立ち上げ、
「ROIが出た」と判断したうえで、さらに案件を積み増している。
つまり、
「手触りのある事例がどんどん増えている」企業も確かに存在し、
同時に、「そもそもROIを測っていない」「測るフレームがない」企業も多い。
“AIは儲かるか”という問いの前に、「あなたの会社はROIをちゃんと測れているか」が問われている、というわけです。
3. ROIは「ChatGPT Proの契約数」では測れない
GroqのEdwardsは、ROIの本質を次のように整理します。
「全社員にChatGPT Proを配ったら、コストは確実に増えますよね。
そのとき、どこでレバレッジが生まれるのかを定義しないといけない。」
たとえば、AI導入の効果は次のような軸で測るべきだと指摘します。
人員効率
事業がスケールしても、必要な人員増を抑えられるか
売上成長
競争優位性が高まり、売上成長率を押し上げているか
粗利率の改善
提供コストが下がり、グロスマージンが改善しているか
つまり、「AIツールを入れたかどうか」ではなく、「ビジネスの数値がどこでどう変わったか」まで設計しない限り、本当のROIは見えないということです。
CohereのChadwickも、「最初に戦略と測り方を決め、あとからパートナーを入れる」という順番の重要性を強調していました。
4. GPUか電力か──AIインフラの“ボトルネック”はどこにある?
ROIを考えるうえで無視できないのが、インフラコストです。
Edwardsが所属するGroqは、
推論専用チップとインフラを自社設計・製造する企業で、
「既存GPUよりも高いスループットと低コストでトークンを生成する」ことを売りにしています。
ただし、彼が強調したのは「どのチップが勝つか」ではありません。
「業界全体が供給制約(サプライコンストレイント)にある。
NvidiaかGroqか、という話ではなく、どうやってこの膨大な需要をさばくだけのキャパシティを供給するかが問題だ。」
ここに、電力という新たな制約が加わります。
Satya Nadellaは、「すでに“コンセントにつながっていないチップ”がある」と発言。
2028年までに、米国の総発電量の4分の1がAIワークロードに使われるという試算もある、とEdwardsは紹介します。
つまり、GPUの価格だけでなく、電力インフラの整備状況が、AIビジネスの採算とスケールを左右し始めているのです。
Groqはここを「省電力かつ高性能」という差別化ポイントと捉え、電力制約を“競争優位”に変えようとしている、と語っています。
5. 小さな企業ほどAIで“得をする”構造
Whartonの調査では、年商20億ドル超の大企業よりも、中小規模の企業のほうが高い割合で「AIでROIが出ている」と回答していました。
この結果について、CohereとGroqの両CFOは次のように分析します。
小さな企業の特徴
組織やシステムの「過去の遺産」が少ない
意思決定が早く、AIエージェントやワークフローを一気に全社へ展開できる
成長余地が大きく、AIがレバレッジ(少ない人手で高い成長)を生みやすい
大企業の特徴
既存システムやプロセスの歴史が長く、「剥がしてからAIを載せる」必要がある
AIをうまく入れると、むしろコスト削減(人員削減)をしないとROIが立たないケースもある
つまり、
「AIで新しいビジネスを伸ばす」フェーズでは小さな企業が有利
「AIで既存ビジネスのコストを削る」フェーズでは大企業に痛みが伴う
という構図が浮かび上がります。
AIを「攻め」に使うのか、「守り(効率化)」に使うのかで、同じ技術でもROIの出し方がまったく変わるという示唆です。
6. 4000億ドルのインフラ投資はバブルか、それとも次の“鉄道”か
司会は、もうひとつの核心質問も投げかけます。
ビッグテックによるAIインフラ投資は、当初3000億ドル規模と言われていたが、
いまや4000億ドル規模に膨らんでいる。
一方で、Googleの決算では、Geminiの利用事例が「数百万ドル規模の売上」にしか見えないケースもある。
「これはバブルなのか?」
Edwardsは、歴史を引き合いに出してこう答えます。
鉄道への投資
インターネット前夜の光ファイバー網
これらも、当時はバブルと呼ばれ、実際にバリュエーションは崩壊しました。
しかし、インフラ自体はその後の産業の土台になり、誰も「鉄道を敷かなければよかった」とは言わない。
彼の見立てはこうです。
一部の企業や領域では、明らかにバブル的な過熱がある
しかし、インフラ投資そのものは、10年後に振り返れば「必要だった」と評価される可能性が高い
今のベンチャー・グロース投資は、「次の1兆ドル企業」を当てにいくゲームになっている
対してChadwickは、「AI全体」ではなく「領域ごとにバブルがあるかを見ろ」と冷静です。
AIという2文字に含まれる分野は幅広く、
ある領域では過熱、別の領域ではまだ投資不足、という非対称な構図になっている、と指摘します。
ただし両者が一致していたのは、
「ROIを証明できる企業はAIウィンターでも生き残る」
という点です。
7. CFOたちの結論:「AGIよりROI」
セッションの最後の質問は、やや哲学的でした。
「あなたはAGI(汎用人工知能)を信じますか?」
これに対するCohereのChadwickの答えが象徴的です。
Cohereのスローガンは、「ROI over AGI(AGIよりROI)」
つまり、「AGIという夢」ではなく、「いま目の前の企業が、ちゃんと投資を回収できているか」を最優先しているという宣言です。
一方で、彼は同時にこうも言います。
技術者ではないが、将来の可能性にはワクワクしている
しかし、CFOとしては、顧客企業のキャッシュフローと投資回収に責任を持つ立場にある
この距離感こそが、現在のAIビジネスのリアルでしょう。
結論:AIのROIは「測られる者」にしか宿らない
このセッションから見えてくるメッセージはシンプルです。
AIは、何となく入れても儲からない
PoCで終わるか、本番でROIを積み上げられるかは、
最初にどの業務に、どの指標で、どれくらいの期間で効果を出すかを設計できるか
インフラコスト(GPU・電力)や組織構造を踏まえて、現実的な「レバレッジの出し方」を描けるかにかかっている。
そして、もうひとつ重要なのは、
「ROIをちゃんと測っているかどうか」で、AI投資の意味は180度変わる
ということです。
AGIの夢に酔う前に、自社はどのユースケースで、どのコストを削り、どの売上や粗利を伸ばし、いつまでに投資を回収するのか。
GroqとCohereのCFOが示したのは、きわめて地に足のついたメッセージでした。
「AIで勝つ企業」とは、AIの性能ではなく、ROIの設計能力と測定能力で勝つ企業である。
