AnthropicがDeepSeekらを告発——中国AI企業による大規模「蒸留攻撃」の実態と政策的含意
2026年2月、Anthropicは、DeepSeek・Moonshot AI・MiniMaxの中国AI3社が自社モデル「Claude」を不正に活用し、自社モデルの能力向上に利用していたと正式に告発した。この問題は単なる知的財産侵害にとどまらず、米国の対中AI輸出規制論争と国家安全保障の議論に直結している。
1. 「蒸留攻撃」とは何か——手法と規模
1-1. 蒸留という技術の二面性
蒸留(Distillation)は、本来、AIラボが自社の大規模モデルから、より小型・低コストのモデルを作成するために広く使われるトレーニング手法だ。しかし競合他社がこれを外部モデルに対して適用すれば、他者の成果をそのまま転用する行為になる。OpenAIも今月初め、DeepSeekが同様の手法で自社モデルを模倣しているとして米下院議員に書簡を送っていた。
1-2. 3社による攻撃の規模
Anthropicの発表によれば、3社は合計2万4000件以上の偽アカウントを開設し、1600万件以上のやり取りをClaudeと行っていた。各社の手口と規模は次の通りだ。
DeepSeekは、15万件超のやり取りを実施。その内容は主にClaudeの基礎的な論理構築と安全性調整に集中しており、「政策上センシティブな質問に対する検閲回避的な代替応答」の習得を狙った痕跡があるとAnthropicは指摘する。
Moonshot AIは、340万件超を記録した。ターゲットはエージェント的推論・ツール使用、コーディングとデータ分析、コンピューター使用エージェント開発、コンピュータービジョンと多岐にわたる。同社は先月、新しいオープンソースモデル「Kimi K2.5」とコーディングエージェントをリリースしたばかりだ。
MiniMaxは、1300万件という最大規模のやり取りを行った。エージェント型コーディング・ツール使用・オーケストレーションが標的で、特筆すべきはClaudeの最新モデル公開直後に、MiniMaxがトラフィックのほぼ半分を新モデルに誘導したことをAnthropicがリアルタイムで観察できたという点だ。
Anthropicは「これらの攻撃はClaudeの最も差別化された能力——エージェント的推論、ツール使用、コーディング——を標的にしていた」と述べている。
2. 告発の背景——DeepSeekの台頭と競争の構図
2-1. DeepSeekが起こした波紋
DeepSeekは、約1年前、オープンソースの推論モデル「R1」をリリースし、米国フロンティアモデルに匹敵する性能を大幅に低いコストで実現したとして注目を集めた。現在はDeepSeek V4のリリースが近いとされており、AnthropicのClaudeやOpenAIのChatGPTをコーディング性能で上回る可能性も報じられている。
2-2. 業界の反応
CrowdStrikeの共同創業者でSilverado Policy Acceleratorの議長を務めるDmitri Alperovitch氏は、TechCrunchに対してこう述べた。「中国AIモデルの急速な進歩の一因が、米国フロンティアモデルの蒸留による盗用にあることはしばらく前から明らかだった。今回それが事実として確認された。これは、これらの企業へのAIチップ販売を拒否するさらに説得力ある理由を与えてくれる。チップの供給は彼らをさらに有利にするだけだ」。
3. 輸出規制論争との接続——蒸留攻撃が政策議論に与える影響
3-1. トランプ政権による輸出規制の緩和
先月、トランプ政権は、NvidiaのH200など高度なAIチップの中国への輸出を正式に認める方針を示した。批判派はこの緩和が「AIを巡るグローバル競争の重要局面で中国の計算能力を増強する」と指摘している。
Anthropicは、この点をブログで明示的に論じている。「今回の蒸留攻撃はチップ輸出規制の根拠を補強する。チップへのアクセスを制限することは、直接的なモデルトレーニングだけでなく、不正な蒸留の規模も制限する」。
つまりAnthropicの主張は、蒸留攻撃の実行には高性能チップへのアクセスが必要であり、輸出規制の緩和はその攻撃を容易にする環境を整えることになるという論理構造だ。
3-2. 安全保障上のリスク——「安全装置の剥奪」という問題
Anthropicが特に強調するのは、蒸留によって作られたモデルが持つ安全面のリスクだ。「Anthropicや他の米国企業は、国家・非国家アクターが生物兵器の開発や悪意あるサイバー攻撃にAIを使用するのを防ぐシステムを構築している。不正な蒸留によって作られたモデルはその安全装置を保持しない可能性が高く、危険な能力が多くの保護機能を取り除いた形で拡散しうる」とAnthropicのブログは述べる。
さらに権威主義的な政府がフロンティアAIを「攻撃的サイバー作戦・偽情報キャンペーン・大規模監視」に利用するリスクを挙げ、そうしたモデルがオープンソース化された場合にリスクが倍増すると警告している。
4. Anthropicの要求——業界・クラウド事業者・政策立案者への協調要請
今回の告発に際してAnthropicは単に実態を公表するにとどまらず、「AIインダストリー・クラウドプロバイダー・政策立案者にわたる協調した対応」を求めている。
技術的防御の強化(蒸留攻撃を検知・困難化する仕組みの開発)は継続するとしながら、一社単独の対応には限界があるとの認識を示した。DeepSeek・MiniMax・Moonshot AIの3社はTechCrunchのコメント要請に対し、記事公開時点で回答していない。
米国のAI輸出規制が実効性を持つかどうか、そして業界全体でのモデル保護の仕組みがどう整備されるかは、今後の政策議論の焦点になっていく。蒸留攻撃という技術的な手法が、地政学的な文脈と安全保障の問題に直結している点で、この告発は単なる企業間の争いを超えた意味を持っている。

